第16話
委員長が冗談とは思えない冗談を言った後、授業が終わるまで『トライリッター』の説明を聞いていた。
チャイムが鳴ると同時に帰る準備をして席を立ち、駐車場へ向かう。
視界に映る時間は14時53分。
独特な電子音が聞こえ、視界に表示されたのは知らない電話番号だった。
「はい」
『鷹峯さん?』
「ん? 委員長、俺の番号知ってんの?」
『釜谷さんが教えてくれました』
俺の持っているAIが言うならまだしも、知り合いに言われるのは困る。
ため息を吐きながら、バイクを取りまわし駐車場から出す。
『今日、トライリッターできますか?』
「できる?」
『はい、アバターの設定でこだわらなければ20時にはできるでしょう』
『それなら20時からしましょう』
「1時間で頼む」
『分かりました。それと明日から練習あります。早起きしてください』
嫌々返事して不快な気持ちにさせようとしたのだが、言うだけ言って委員長は電話を切った。
俺の行動を把握しているのだろうか。
釈然としない気持ちを切り替えて、バイクを発進させた。
家へ帰っている間にゲームの購入とインストール、風呂の準備と屋内運動施設の予約をしてもらった。
「予定は15時15分くらいに帰宅、準備してそれから1時間運動、16時25分くらいで風呂、それからトライリッターの設定か」
『そうですね。調べてみたところ、あなたが無駄なこだわりを発揮しそうな設定がいくつかあったので、早めに設定をした方がよさそうです』
毎度のことだが、想像以上に言いたい放題だ。
確かに、無駄なこだわりを発揮していることは多々ある。でも楽しいから問題ない。
言い返しても無駄だから何も言わないが。
帰ってほぼ予定通りに運動をこなし、16時45分には部屋でVRをする準備が出来た。
「もうできるか?」
『はい、準備は済んでいます。今日は麻婆豆腐ですから楽しみにしていてください』
「それは楽しみ」
何を考えて俺の好物を作ることにしたのか分からないが、早起きしなくてはならない明日を考えて憂鬱だった気分が少し晴れやかになった。
VR部屋に入ってベンチに座り、『トライリッター』を選択。
ゲームを起動すると俺は木製の椅子に座っていた。
周囲に人はおらず、見渡す限り平原が続いていた。平原のずっと先には横に長い壁が見える。
ここから見て長いという事は近くからだと大きすぎるくらいだろう。
待っていても特に何も起こらない為、左手でメニューを開く。
キャラクターメイク、設定、ログアウトの3つがあり、キャラクターメイクを選択する。
新しい画面が表示されると、そこには大量の設定項目があった。
カイラルとは違い、ステータスまで設定できるみたいだ。
まずは名前、ステータスを設定する。
ステータスはいくつも項目があったが、委員長との練習以外にこのゲームをするつもりが無いためすべて均等にポイントを振った。
次はキャラクターの見た目、使用武器と防具だった。見た目はもしもの為に変更しなければならない。
画面に出てきた変装マスクの項目をスキップして、俺の頭をタップして髪を伸ばし、目の色を変えるだけで見た目の変更は終了した。顔が出るようなことはあっても案外気付かれないだろう。
使用武器は大量の武器からメイスと斧を選んだ。練習する時間が欲しかったからちょうどいい。
後は服と防具、それと紋章だ。
服と防具は大量にあった。どの服、防具も防御の数値が無いため、見た目だけの装備だと思う。
一先ず、全ての服と防具に目を通して選ぶことからだ。
そこからAIが言っていたように無駄なこだわりを発揮してしまい、服と防具選びに時間が掛かった。
結局、選んだ服は腿まである汚れたギャンベゾンに厚手のズボン、布製の手袋に質の良さそうなブーツ。
防具は目元が空いている金属製の仮面とヘルム、首元を覆う鎖帷子、革製の肩当てと腕当て、腰にはベルト。
ここまでで18時になった。
いつもなら夕食の時間だが、後は紋章だけで早く終わると思っていたら、45分くらいかかってしまった。
夕食を終えたのが19時15分。麻婆豆腐は美味かった。
予想とは違い、AIが特に要望を伝えてこない為、俺が設定に時間をかけると考えて好物にしたのかもしれない。
19時30分、20時まで時間もあまりないためカイラルは出来ない。
だからVR部屋に行き、ゲームするまでもない時間にちょうどいいアプリを起動した。
『大自然』というアプリだ。
四角く白い空間に立っている俺は、左手でメニューを開く。
メニューの『ステージ』から、自分が行きたいステージを選択する。
今回は20時までの時間つぶしだから、ステージ『優しい森』を選択した。
選択すると、木々の間から眩しすぎない優しい光が差し込み、色鮮やかな黄緑色の葉やツタが生い茂る森にいる。
体に感じる温度はちょうど良く、偶に吹く風が心地よい。鼻に入ってくる木や土の香りが心を落ち着かせてくれた。
デコボコした地面に寝転がり、目を閉じ耳を澄ます。
風に葉が揺れる音、鳥の鳴き声、自分の呼吸と心音。
意識を呼吸に集中して、息を吐く時間を長くしていく。心音がゆっくりと穏やかになって、気持ちがリラックスしていく。
そのまま眠りそうになっていたところで、独特な電子音が聞こえた。
電話のコール音だ。
「はぁ。もしもし」
『鷹峯さん、ログインしたら何もしないでください』
「ああ」
リラックスした気分から引き戻され、委員長に返事をする。
『大自然』からログアウトして、『トライリッター』にログイン。
ログインすると作ったキャラクターが反映されており、ヘルムにより少し頭が重く感じた。
全身を見ていくと、服と防具の他に後ろ腰には2本のメイスと斧が装備されていた。
ベルトに固定具が付いている為、動かすと現実同様に位置を変更できるようだ。
ベルトを動かして収まりの良い位置に変更していると、目の前に白い画面が現れる。
画面には『IDを経由してゲーム内フレンド申請が来ました』とあり、選択は承認と却下があった。一度、却下を押しておく。
すると間髪入れずにもう一度、フレンド申請が来たため今度は承認する。
『フレンドからルーム統合の招待が来ました。音声変換MODを使いますか』使わずにルーム統合を受け入れると、目の前が光った。
眩しくて閉じた目を開けると、そこにはミントグリーンの戦士。
重そうなミントグリーンの長いコート、その上から胴、肩、腕に鎧を着ている。
腰を一周する胴鎧と膝から靴まで一体化した足鎧。顔は目元が長方形に切り取られた鉄仮面と金属製の広いつばを持つヘルムを被っていた。
金属鎧の鈍色が威圧感を増している。いや、ふざけてフレンド却下したから俺が威圧感を感じているのかもしれない。
「却下しましたね?」
「操作ミスだ。それより系統似てないか?」
色の系統は似ていない、俺が地味で委員長は派手だ。
顔は覆うし、肌はほとんどさらさない。委員長も変装マスクしない派の人なのかも。
「似てないですよ、私は金属鎧ですから」
「その紋章なに?」
「そっちこそ」
委員長の紋章は胴鎧に描かれており、正方形の上側の頂点2つから下辺の中心まで線が伸びている紋章。俺の紋章はギャンベゾンの胸に描かれており、縦に並んだ横線3本へ右斜め線が引かれている紋章だ。
「まあ、なんでもいいけど。金属鎧は重くないのか?」
「革鎧と重さに違いはありませんでした。それにしても武器はそれでいいんですか?」
俺がメイス2本と斧を出して見せると、委員長も長剣と円盾、腰の片手剣を見せてきた。
長剣は少し重そうに持っている。武器の方は重量軽減が少ないのかもしれない。
「名前ですが、私はグッド・ヒル」
「俺はマウント・ホーク」
防具に続いて名前まで。やっぱり系統似てない?
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