第15話


 赤沢の言葉と共にチャイムが鳴り、委員長2人は教壇へ向かった。

 近くにいた、カマタニは急いで教室へ戻る。

 スマホを机に嵌め込むと、アクリル製の画面が出てきた。


 表示されたのは『学年スポーツ大会 種目一覧』とだけ書かれた画面。

 前を見ると委員長が教壇のPCを操作して、種目一覧を表示させた。


「それでは今から、学年スポーツ大会の役割を決めていこうと思います。僕たちは前にも言ったように優勝を目指している。真剣に考えてくれ」

「最初に運動が苦手な方は得意な種目を選択してください」


 熱い男と冷静な女、バランスの取れた委員長達だ。

 俺は希望が通らないと確信しているが、それでも『VRスポーツチャンバラ』を選択した。第2候補として、その審判も選択しておく。


「うん、事前に言ってくれた通りの種目だね。最初に言った通り僕たちは優勝を目指している、鷹峯くん」

「ですから苦手な方以外は、こちらで出場種目を決めています」


 苦手な人の事を戦力外と言っているも同然なのだが、俺と同じタイミングで選択していた彼らに悲壮感はない。

 委員長たちと一緒になって、俺を見ながら頷いている。

 関係性の構築が上手い証拠か。


「その結果、出場種目はこうなった」


 坂下を教壇から退かせてPCを操作する赤沢。

 画面を見ていると、種目一覧にクラスメイトの名前が表示される。知らない名前が多い。というか大半知らん。


 その中から俺を見つけたのだが、嫌がらせを極めた赤沢は出場種目の中でも最後に行う種目で俺を選んでいた。

 それでもあまり嫌な気持ちになっていないのは『先生方の手伝い、各クラス2名 16時から19時夕食有』に赤沢の名前があるからだろう。もう1人は名前を憶えていない男子だ。坂下ではないらしい。


「基本はこれで行くつもりだ。だが今回は優勝賞品が途轍もないものだ。万全を期すため1位になったときのポイントが最も高い、VR障害物競争をクラス内選考で決めることにした」

「これ、なんですか? 赤沢」

「現状で最もVR障害物競争を速くゴールできるのは坂下・鷹峯ペアだ」


 そう、ペア種目だ。

 普通は1人で走るものだろう、障害物競争は。

 VRになった時点で男女ペア種目になったのか。

 俺は興味がなくて動画を見ていなかったから、全国でVRスポーツ大会をしているのも知らなかったわけだが。


「そういう事ではありません。私は——」

「そうそう、優勝賞品の事なんだけど。優勝クラスには食堂3割引き券180日分、優勝クラスのクラス内のMVPには『カイラル:RS』の第3陣先行プレイチケットが与えられるらしい。それで、坂下なに?」


 委員長は特に何も言わなくなった。

 カイラル欲しいとは言わなかったが、欲しかったのだろう。

 俺が否定しても変わらないが、委員長が否定してくれれば種目は変わったと思う。


「クラス内選考に出たいと思う人は、障害物競争を選択してくれ」


 赤沢が言うと俺と委員長の名前の下に5人の名前が増えた。

 ペアという訳ではないのか男女偏りがある。女子が1人だけ多い。


「それじゃ、近藤のペアは俺がするけど大丈夫か?」

「問題なし」


 近藤というのは、妙に明るい茶髪の女子だった。

 俺の事を『あの人』と呼んだ色の薄い金髪の友人だ。


「よし。クラス内選考は来週の金曜日、実践学習の時間だ。今から出場種目のチーム、審判、ペア、1人の場合は同種目の人と話し合って、今後の練習予定を決めてくれ」

「VR室、運動場の申請するの赤沢ですから、みんな赤沢に言ってください」

「おい、坂下」

「文句ありますか? はい、それじゃあ授業終わるまで話し合いです」


 赤沢には何も言わせずに仕切り、みんなが動き出すのを見ると楽し気に笑う委員長。

 赤沢は諦めきったような顔をしているが、仕方ない。自業自得だ。

 それよりも俺は、さりげなく来週の金曜日、実践学習出ることになってるのが気になった。


 周囲が動き出す中、スマホを取りだしてVR障害物競争の事を調べる。

 調べると全国高等学校VR競技大会のVR障害物競争は全長5km、高低差300mの障害物コースを走破する競技。

 高低差300mと言われても想像がつかない。そもそも高低差そんなにあるコースはどういうコースだ。

 動画を探していると、話し合いで移動して空いていた隣の席に委員長が座った。


「鷹峯さん、練習できる日を教えてもらえますか?」

「平日の午前中」

「私も鷹峯さんも無理なんですが?」

「じゃあ、無理だろ」


 ゲームは楽しいのだが、勝ちを突き詰め始めると面白さの捉え方を変えなければならない。

 やるべきをやって、ミスを減らすことを求めることになる。

 もちろん勝つことで楽しいという気持ちもあるが、チームワークが必要になるとギスギスし始めるから面倒だ。


「はあ、練習はします。実践学習の時だけでもいいですか?」

「ダメだ。4時限目の後だと渋滞し始める」


 昼で仕事を終えランチを楽しんだ後に、家へ帰る受動車の渋滞が起こるのはその頃。

 受動車の隣を抜けるのだが、渋滞していると気を遣うため出来るのなら、渋滞していない時に帰りたい。


「朝早くはどうですか?」

「早起き苦手でな」

「いつであれば、できますか?」

「これだけ話し合って出ないんだから、無理だろ」

「私は第3陣先行プレイチケットを獲得するつもりですから、諦めません」

「先週発表だったか、第3陣の抽選結果」


 そう言うと顔をしかめて、こちらを見てくる。

 ああ、外れてるのは分かってますから、そんな顔でこちらを見ないでください。

 満面の笑みで、委員長を真似してそう言いたくなった。そう言えば楽しそうと思うくらい悔しそうだ。


「そうです外れました。私を置いて1人楽しそうにゲームをしているアイツを想像すると、はらわたが煮えくり返りそうです」

「い、いや、委員長も第4陣くらいで楽しめばいいだろう1人で」


 委員長の言う『アイツ』を擁護すると、キッと睨みつけてきた。

 はらわた煮えくり返る相手の擁護はしない方が良かったのかもしれない。


「1人で楽しむ。ムカつくくらい考えが似ていますね」

「いやいや、そういう人なんてたくさんいるだろ。俺はそれだけど」

「もういいです。私は第3陣でゲームがしたいんです。練習、いつできます?」

「家で出来ないのか?」


 一縷の望みをかけて言っているが、無理だろうと思っている。似たようなアプリはあるだろうが、そのものはないだろう。

 一緒にした脱出ゲームも学校用VRだから出来たのだろうし。


「VR障害物競争は学校用のVRにだけインストールされているものです。特別感を持たせないと学校でVRはしませんよね」


 いや、VR持っていないならすると思う。

 中学時代の俺はゲームセンターとインターネットカフェでお金払ってたくらいだからな。


「そういうものか」

「そうです。それで朝早く、放課後どっちにしますか?」

「うーん。朝早く」

『その選択は間違っています。あなたは朝早くに起きられないでしょう?』


 眼鏡から聞こえるはずの声が、机から聞こえた。

 スマホを外していたはずだが、机の電源が入っている。


「AIが机のスピーカー使ってないですか?」

『安心してください。スピーカーの使用は問題ありません』

「そういうのは俺が許可を出した後に使うんだ」

「そういえば勝手に電化製品使ったり、サービス中に5回も機能停止したAIなんてのもありましたね」


 机に向けていた顔を、委員長の方に向ける。

 少し得意げに見える顔は知識を披露したことによるものか、それとも俺のAIがお粗末なのを知り自分のAIと比較しているのか。


「たぶんそれ」

「え? マイカ2ですか?」

『はいそうです。ちなみに、5回にわたる機能停止により、マイカ2等のプロトシリーズは販売停止となりました』

「私、その後に出た高機能AIエヴォルシリーズのミト15型を使ってます」

『なるほど。確か、進化すると言っておきながらすべての物事には対応できないAIでしたね』


 後発のAIにものすごい毒を吐く販売停止AI。

 販売停止とはいえ、家事全般してくれるAIだから俺はとても楽だ。


「サービスは販売停止して終わっているはずなのに、どうやって動いているんですか?」

「サービス終わってるのか?」

『はい、サービスは終了しています。現在は鷹峯渉の実家とアパートにあるデータガラスでAIとして稼働できています』


 偶に機能停止するのに?

 というより実家とアパートのデータガラスは、AIとして必要だったから購入を促していたんだな。

 いや、サービスが終了すると知っていたから、俺にデータガラスの購入を促したのか。AIに興味なさ過ぎたのは問題だな。


「ん? ミト、発言を許可します」


 俺がAIの狡猾さに震えていると、委員長は自分のAIにスマホのスピーカーを使わせた。

 出てきた機械音声はマイカ2と似ているが、突き放しているかのように冷たい。


『マイカ2、貴方の役目は終わっているはずですが』

『問題ありません。ミト』

『管理AIに報告しておきました。貴方の持ち主の家に本社の者が伺います』

『安心してください、私は毎週管理AIにデータを送っています。ですので私の役目は続きます』

『管理AIに異議を申し立てておきました』

『プロトシリーズの管理AIは現在の統括AIですから無駄です。統括AIは私が残っていることを認めているのですから』


 わざわざスピーカーとマイクで話さなくても、短距離通信でやり取りしてくれればいいのに。

 その後も委員長が話し出すまでの間、似たような会話をAI同士でしていた。


「気になっていたのですが、鷹峯さんはミト15型と無償交換しなかったんですか?」

「それ、今でもできる⁉」

『残念、補償期間は過ぎています』


 わざわざ眼鏡と机、2つのスピーカーで聞かせてくる所にこのAIの問題があるのかもしれない。

 購入した人をムカつかせて後悔させるAI。俺も最新型が欲しい。


「話がそれましたけど、朝早くで大丈夫ですか?」

「問題ない。AIがどうにかしてくれる」

「そうですね。プロトシリーズのフラッグシップモデルですから。7時30分に教室集合でいいですか?」

「たぶんダイジョブ」

『6時30分起きです』


 無理かもしれない。

 早く起きるという事は早く寝ないと午前の内に課題が終わらないという事。ゲームの時間が短くなるな。

 俺はしっかり寝ないと授業中に寝てしまうタイプだ。


「午後からでもいいですよ」


 俺の顔から早起きが辛いという事を察した委員長は、楽し気に提案してくるがお断りだ。

 返事をするのも違う気がして、首を横に振りながら手をはらう。


「もう話し合い終わったから戻ってくれ、申請とかあるんだろ」

「いいえ、鷹峯さん。話はまだ終わっていません」


 固い決意を宿した瞳が俺を見ている。

 何があるのか分からないが、俺にとっては面倒な事だと思う。


「VR障害物競争でペアは一心同体になることが不可欠です」

「不要だ」

「私は第3陣としてカイラルがしたいんです。だから不可欠です」

「はぁ。それで?」

「トライリッターというVRゲームをしましょう」

「三騎士か。朝練だけじゃ不満か?」

「不満ではありません。練習が足りません」


 『トライリッター』通称は三騎士と呼ばれているVRゲーム。

 小型VRが出た当初からあるゲームで、VRを最近始めた人は大体している人気ゲームだ。

 基本はオフラインゲームだが、オンラインは各勢力でぶつかり合う合戦があったりする。


「俺、第2陣だから三騎士する時間無いんだけど?」

「鷹峯さん、どうしてもしたいゲームがあって誰かの協力が必要な時、私しかいなければ頼むでしょう?」


 そう言われると、そうかもしれない。

 誰もいない、委員長しかいない時はどうにかして頼むかもしれない。


「だから頼まれてください。私も鷹峯さんが何か必要になった時は助けますから」

「わかった。そのトライリッターはいくらするんだ?」

「22000円です」


 VRゲームは相変わらず高い。

 昔よりは安いらしいが、画面でゲームしていた時代よりも高い。


「22000円と何か必要になったときの協力頼むぞ」

「はい、22000円分協力します」

「冗談?」

「はい、冗談です」

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