第14話
「はぁー。終わったー!」
「鷹峯さん、ランキング見てください!」
門の外で座り込む俺にそう言い、虚空を指差す委員長。
見えないのは何故なのか。画面が異常に小さいとか。
「委員長。俺、ランキング見えてないんだけど」
「実践授業中の設定変更してませんでしたね。ちょっと待ってください」
委員長が何かを操作すると、目の前にランキングと今回の結果が現れた。
結果は『坂下・鷹峯ペア 5分15秒』とある。
ランキングは第2位だった。
第1位は5分8秒。俺が慣れていれば到達できそうなタイムだ。
「これは何のランキングだ?」
「『下校の時間です?』のランキングです」
「範囲は?」
「この学校の歴代ランキングです」
うれしいと思うのだが、笑うに笑えない。
ゲームしていて忘れていたが、このゲームはテストに使われると言っていた。
5時限目のスポーツ大会の種目ではどうなるのか、心配だ。
「歴代のランキング、な。初心者の俺を入れて2位、このゲームは人気が薄いのか?」
「違います、私達が速いんです。ミスらしいミスをせず、スムーズに動くことが出来ました」
クリアタイムでランキングが出るのだから、課題は大体一緒なのだろう。
それをミスしなくなるまで練習すれば、相応の結果は出ると思うのだが。
納得はいかないが、学校のVRでしかできないゲームを出来て、なおかつ面白かったからやめた。
「これから何するんだ?」
「あなたがしたいようなゲームは、ほぼないと思います。VRスポーツチャンバラくらいでしょうか?」
未だ門の外で座り込んでいる俺に、なにかを操作する委員長は答えた。
VRスポーツチャンバラは何度か手を出そうとして、やめているアプリだ。
学校用のものとは何か違うのかもしれないが、VRなのにエアソフト剣だったり、相手に有効攻撃を決めた時のエフェクトの変更に課金が必要だったりでしていない。
「VR部屋に戻れるか?」
「観戦場があるので、そこで授業が終わるのを待ちましょう」
俺に実践学習を見せたいのだろう。観戦場とやらに移動することになった。
委員長が操作しているのを見ていると、多数の大きな声が耳に届く。
座り込んでいた体勢から起立しており、観戦場という場所にいた。
見た所、スタジアムのような段々と高くなっている観戦場所の一番前にいた。
クラスメイトがサッカーをしていたり、野球をしていたり、座り込んで応援している人もいる。
「どうですか、楽しそうでしょう?」
「ああ」
「鷹峯さんも一緒にしませんか?」
「しません」
俺が楽しそうというのに同意したからいけると思って、随分とうれしそうに笑っていた。
ただ、残念ながら俺は一緒に実践学習をするつもりはない。
「カイラルしても1人でゲームするんですから、実践学習で皆とゲームしてもいいのではないですか?」
「実践学習をする時間は1人でゲームをするか、運動をするから大丈夫」
「鷹峯さんは人とゲームをした事がありますか、今さっき私とした以外で」
「あるから。委員長は学校以外でゲームしてるって聞いたけど、だれかとしてるのか?」
女子に交友関係を聞くのは何となく嫌だが、言われたままではいられない。
こちらを見て観戦場の席に座り、悩むようなしかめ面をしている。
「います。その人もあなたと同じくカイラルをすると言っていました。第2陣だそうです」
「へー、名前は?」
「言いませんよ」
思いのほか強い口調だった為、クラスメイトの方へ向けていた顔を委員長に向ける。
委員長も口調が強かったことに気が付いたのか、口を手で押さえてこちらを見てきた。
「すみません」
「俺こそ無神経だったな。それで委員長はいつ頃からVR始めたんだ?」
強引に別の話題に持ち込むと、委員長は俺の考えを察したのか会話を続けてくれる。
「VRは出た当初からしています。あの頃は運動していませんでしたから、上手くゲームを楽しめませんでした」
こういう状況で俺は今、初めて委員長をしっかりと見たのかもしれない。
野暮ったいメガネの奥にある瞳が鋭いことは分かっていたが、ボサボサの髪もよく見れば艶がある。
制服は肌を晒さないようになっていて、VRでアバターとはいえ指や手は綺麗に整えられていた。
格闘ゲームをしていたくらいだから当たり前だが、華奢ではない。出るとことでて引っ込むところは引っ込んでいて、健康的な体つきだ。
体つきとは反対に顔には隈があった。不健康な証拠だろう。
アバターの設定を変更しているのか、身体測定時に隈が酷かったのかもしれない。
「VRゲームはまだまだ始まったばかりだから、面白いゲームがたくさん出てくるだろうな」
「はい、面白いゲームでVRSがあります。現状は半自動ゲームになっていますから、別会社のVRSに期待です」
「俺、VRSほとんどした事ないんだよ。別アプリのミニゲームでしただけだな」
VRS。FPSと言われていたゲームのVR版だ。
リロードアクションや兵器の操作が半自動化されている為、手軽に遊べると人気はある。
だが、その半自動化がヘビーユーザー達を拒んでいる理由になっている。
アップデートで切り替えられるようにするか、どこかの会社が先に出すか、VR、FPSゲーマー達は待っているだろう。
俺はあまり興味がないのだが、委員長は随分と楽しみにしているようだ。
「VRSは面白いんです。今は半自動の為、誰もが歴戦の兵士としての動きが可能ですが、手動になれば周囲で爆発や銃弾の雨の中、手元を狂わせずにリロードしなくてはなりません。ランクマッチは今よりももっと面白くなりそうですね」
委員長が随分と楽しみにしているのは間違いない。
俺はそこまで先の事を考えてない。
「クラスメイトは皆、VRしたことある奴らなのか?」
「はい、技量の差はありますけど好きでVRしています。この前もVRSでクラスメイトの大半が集まって一緒にゲームしました」
観戦場から見るクラスメイトの動きは案外良い。格闘ゲームをさせても少し練習すればそこそこ戦えるだろう。後は心の問題だ。
クラスの大半はVRゲームでつながり、楽しく遊んでいるらしい。俺は俺で楽しく遊んでいるから問題ない。
だから、こっちを見るな委員長、視界の端で見えてるから。
少しの間、黙ってクラスメイトを見ていると赤沢が全員に何かを伝えていた。
すると委員長が立ち上がる。
「鷹峯さん、授業終了5分前です、ログアウトします。承認を押してください」
言われるがままに出てきて画面の承認を押すと、VR部屋には出ず、現実に戻っていた。
衝撃も眩暈もない。高性能なのかもしれないな学校用VRは。
スマホからシールドのロックを解除する。
外に出ると、一足早く出ていた委員長がこちらを見ていた。
「どうでしたか、これからも実践学習したくありませんか?」
「したくない」
「はぁ、そうですか。でも今日は5時限目までいてください」
「わかってる」
ジャケットを取られているのだから、従わざるを得ない。
少しの間待機しているとチャイムが鳴り、4時限目が終了した。
さっさと教室に戻り、スマホでカイラルをしている間の気分転換用ゲームを探す。
そうして見つけたのが『機構戦闘記』だった。
基本はオフライン、オンラインで最大6人と戦闘可能とあった。
ゲームジャンルはロボットアクションVRゲーム。
しかし、最初は車とロケットランチャーを渡されてロボットの鹵獲に向かうらしい。
「鷹峯さん、またゲームですか?」
「ああ」
いつの間にか近くにいた委員長が、インナージャケットを持っている。
こちらに差し出しているから、帰らないと判断してくれたのだろう。
「返します」
「返されます」
俺が受け取っていると、教室の扉が開いてカマタニがやって来た。
スマホを持ってニヤニヤしているのが、気になる。
「おーい、お二人さん」
「釜谷さん、一緒くたにして呼ばないでください」
「何の事か分かってるだろう? 坂下さんは」
「カマタニ、何だ?」
見せてきたのは大事そうに持っていたスマホの画面。
そこには『下校の時間です?』のランキングがあった。
第2位として坂下・鷹峯ペアの名前がある。
お二人さんとか言われるわけだ。
「スマホからそんなの見られるんだな」
「生徒手帳のアプリから見られるけど、2人ともすごいな」
「私は何だか不本意ですけど」
不満げな委員長を見ていると、俺とカマタニでは態度が違うような気はした。
まあ、人付き合いせず、実践学習も出ない俺に棘のある物言いをするのは理解できる。自業自得だ。
「そんなにすごい事なのか、あのゲームだったら誰でも上手くできるだろ?」
「おまッ! わったん。大抵は1つの課題に2分くらいかけるんだよ、早くても8分だからね」
「そこまで難しくないだろ?」
「意思疎通とか感覚の一致が難しいし、迷路のコースは毎回変わるから指示に適切に従えるか、指示に遅れがないかとか、どれかで絶対つまずくから」
「反復練習でどうにかできるだろ?」
「初回で2位になったことを問題として挙げてるんだ」
なるほど。
おかしくないと主張するのはもう無理という事か。
気になって周囲を見てみると、クラスメイトがスマホ片手に何やら話していた。
絶対ゲームの事だろ。それ以外に心当たりがない。
「そうだぞ、坂下・鷹峯ペア」
「それやめてください。とても不愉快です、赤沢」
「おい、俺のメンタルダメージ考えろよ委員長」
「ゲームバカは黙っていてください」
お前も似たようなものだろ。と思ったが、授業にしっかり出ているわけだから俺よりもマシなのか。いや、どんぐりの背比べだ。
「怒るなよ坂下。それより5時限目始まるから行くぞ」
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