第10話
眩暈がして、目を開けると部屋のベッド。
天井には2本のロボットアームが俺の目の前まで来ていた。
「おい、カイラルのAI音声お前だったぞ」
『なるほど、AIとしての仕事はなくなっても、音声だけで仕事はしているのですね』
「キンセイのAIだったのか?」
『はい、社員の個人用AIとしてインストールされていました』
そういう事は言っていい事なのか、俺には疑問だ。
それよりも社員用の個人AIとは、仕事のサポートとか生活の管理、大量の仕事をしていたのだろう。それに加えてAIを購入した一般ユーザーも大量にいた。
まあ、だからと言って1年の内に5回も機能停止を起こされたら使う事をやめるよな。
「よし、昼食べたら12時55分までゲームだ」
『13時から運動ですね。服の準備と施設の予約を入れておきます』
「さすが元フラッグシップAI」
その後、食事を終えて急いで再ログインする。
町の中心部でログインして、Gランククエスト最後の依頼。唯一の魔物討伐依頼をすることにした。
討伐予定の魔物は耳鉈ウサギと書いてある。
特徴は鉈で出来た耳を持つ、部位攻撃特化の魔物らしい。
Gランクで唯一の魔物討伐依頼とは思えない凶悪すぎる魔物だが、一撃入れれば倒せること、盾で守りを固めて攻撃させても反動で倒せることからGランクのようだ。
生息域は、始まりの町周辺の草原と依頼に書かれてある。
ショートカットにHPポーション低級をセット。装備は腰に片手剣、手斧、短剣を装備した。
町には東西南北に出入口があり、東西は平原で南は山、北が森だ。
中心部から一番近い南出入り口。そこから町を出たのが現実時間で11時45分。
他の人は全く見当たらない平原を進む。
現実では今住んでいる所では、見られないような平原。その先に見える高い山。
風に揺られて草が音を出し、人気の無い所為で妙に警戒してしまう。
手斧を握り、平原を進んでいく。
前方の少し背の高い草が動いた。
腰を落として、右手に手斧、左手に短剣を持って歩いていく。
前方にいた何かは、動かないのか、バレずに動けるのか。あれから音を立てていない。
ゆっくり、ゆっくり近づいていると、後ろからの足音を聞き取った。
振り向くと、迫っている2頭の狼。
俺に気付かれたことを悟り、大きな吠え声を上げながら速度を上げる。
「グルッルラァッ!」
距離はあるが、2頭いるから攻撃しづらい。
まずは振り向きからの体勢を整えようとしていると、後ろから唸り声がした。
どうやら、前方の音を囮に近づかせ、近づいて来た所を後ろから襲う。それに対処しようとした敵を囮が攻撃するという二段構えになっているようだ。
初心者には難しそうだから、人がいないのだろうか。
崩れた体勢のまま回転して左手に持つ短剣を2頭の内、距離の近い1頭めがけて投げる。
そのまま後方を確認しようと目を向けると、大口を開けて飛びかかってくる狼が見えた。
大口めがけて手斧を叩き込む。
喉の奥まで強引に押し込んだが、結果を確認する間もなく左手に軽い痛みを感じた。
痛覚制限で痛みは少なくなっている。
AIによるとこのゲームは他のゲームよりも、その最低値が高いのではないかという話だった。
たしかに、いつものゲームよりは痛みを感じる。
いつもは殴られても軽いデコピンくらいの痛みだった。
カイラルでは手を噛まれると、鋭い釘が肌に突き立てられているような痛みがする。
それに加えて動かしづらい違和感もある。もしかすると牙が貫通しているのかもしれない。
視界端のHPがジワジワ減っているのを確認しながら、片手剣を抜いて左手へ噛み付く狼に振り下ろす。
防御力はあまりないのか、狼は一撃で倒すことが出来た。
倒せたことに安堵していると、後方から唸り声が聞こえて急いで振り向く。
背中に短剣が刺さった狼と口から液体が流れている狼。
その2頭はほぼ同時に、こちらへ走ってきた。
群れとしての本能なのか、息の合ったコンビネーションで左右から口を開け、前足を上げて攻撃してくる。
一歩下がって避け、着地を狙って片手剣を振りぬいた。
どちらも攻撃が入っていたことでHPが減っており、一度の攻撃で2頭ともHPがゼロになった。
2頭はそのまま倒れ、体から色がなくなり白い砂の山になる。
白い砂の山も消えると、そこにはドロップアイテムがあった。
少し息を整えていると、リザルト画面が出てきてドロップアイテムとスキル熟練度の変化が表示される。
ドロップアイテムは牙と爪、毛皮とあった。それに加えてどうやら魔物だったようで魔石も手にいれた。
スキル熟練度は片手剣が3から4に上昇。片手斧が2から3に上昇。新たにナイフ投げのスキルが取得可能になった。短剣はナイフ扱いの様だ。
リザルト画面の確認を終えると、左手を見る。
左手には攻撃を受けた後がくっきりと残っており、HPはジワジワと減っていた。
それにHP、MPゲージの下には赤い雫のマーク。
状態異常の出血だ。
直すには包帯もしくは、HPポーションが必要になる。
俺は包帯を持っていない為、仕方なくショートカットに装備したHPポーション低級を使う。
ショートカットは動作で決められたアイテムを取り出す方法で、俺がHPポーションを取り出す場合はお腹を押さえる動作だ。
右手でお腹を押さえると手には試験管。
試験管をへし折ると効果を発揮して、出血状態と減ったHPを回復してくれた。
「どうしよう?」
これから帰るか、獰猛なウサギの捜索を続行するべきか。
どうしようかと考えていると、前方からザッと音が聞こえた。
小さな岩が平原の中にポツリとある。
人の足音のようでもあったが、前方の岩は小さく人が隠れているとは思えない。
ただ、真っ直ぐ近づいていくのも不用心に感じ、岩から距離を取ることにした。
岩を前方に見て、右側へ歩いていく。
先ほどのように後ろから襲われることもある為、偶に後ろを見ながら移動する。
さっきまでの場所から10歩ほど離れると、すぐには近づけないだろうと考え、岩の後ろに回っていく。
警戒しつつ移動して岩の横に来た時、岩の裏が見えた。
小さな体に長い耳、異常に発達した後ろ足、想像していたウサギと違い過ぎて驚き、一瞬固まる。
その時、異常に明るい赤の瞳がこちらを見た。
目が合ってどうにか動き出し、納めていた片手剣を抜く。
どういう攻撃をしてくるか分からない為、いつでも動けるように片手剣を構える。
するとウサギは耳を横に広げ、後ろ足で立って前に倒れ始めた。
「え?」
何をするのかと警戒を強めると、気づいた時にはウサギの耳が間合いに入っていた。
容赦なく首を狙ってくる耳をどうにか片手剣で防ぐが、10歩以上の距離をすぐに詰められる速さで来るのは、知っておかなければ対処するのは難しいだろう。
盾で防いで反動で倒すか、一撃入れれば倒せるだったか。
どうにか防ぎ、ウサギを目で捉える。
片手剣で耳を防がれたウサギは首に負担が掛かったのか、横回転しながら後ろに着地した。
振り向きながら斧を投げたいのだが、前傾姿勢のウサギには間に合わない。
投げる事すらできない状況で、片手剣をどうにか移動させる。
目で追えるギリギリの速度で相変わらずこちらの首を狙ってくるウサギは、片手剣に自ら突き刺さった。
「え?」
刺さったウサギは色を失い、白い砂となって落ちていく。
普通はこういう敵の場合、空中を蹴れば移動出来たりして首を切るかと思えば足首を切る、とかエグい軌道を取れるはずなのに。
これだけ?
遠くから耳を振ったらソニックブームが出て、斬撃特性を持った風の刃が飛んでくるとかあるだろ。
そこまでするとGランクではないと思うが、俺が相手にしてきたのはそういう相手だった。
中学2年生の頃に出たロボットで戦うオフラインゲーム『カスタムロボ1 閉じた町』はタイトル通りにロボットをカスタムして閉じた町を解放していくゲームだ。
そのカスタムで人に掛かる重力を無効にするコックピットユニットがあり、それを使った場合に限り異常な軌道を取って攻撃する、近接のみの機体が流行った。
俺は発売から少しして購入した。
その当時は小型のVR機がなく、一部のネットカフェやゲームセンターで少しずつプレイしていた。
しかし、購入したタイミングが悪かった。
アップデートで敵が重力無効コックピットを使い、異常な動きで攻撃してくるようになった時で、何度も何度も倒された。その度に貯金は減っていった。
それでも続け、撃破できるまでの慣れが、ゲーマー人生で活きている。
直線的な軌道なら問題ない。異常な軌道でも一撃必殺でなければ対処は可能だろう。
少し懐かしさに浸っていると、目の前にはリザルト画面。
ドロップアイテムは耳鉈ウサギの鉈。
スキル熟練度は片手剣が4から6になり、取得可能な新しいスキル『戦闘態勢』があった。
スキルの詳細は、先に敵を見つけていた場合のDEF数値が上昇するらしい。
最後の1枠に使うには、ありきたりなスキルかもしれない。
ナイフ投げと戦闘態勢。この2つが現状の取得可能スキルだ。
まあ、まだ現状最後の1枠は決めてしまわない。
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