第9話


 何も見えない数秒間の後、目の前に注意書きが出てきた。


『戦闘を求められるか、赤いカーソルが付いたNPC以外は攻撃してはならない。2度違反した場合はスマホと紐づいたアカウントに違反者として登録されるため、弊社のゲーム並びにアプリでは常に赤いカーソルが付いた状態になります。お気を付けください。 キンセイTechnology Module』


 注意書きを読みきると同時に視界が戻る。

 知らない場所で起き上がると、固いベッドに寝ていた。

 周囲を見回すと個室で机があり、質の悪いガラスの嵌った窓があり、空は明るい。


 そういえば、昼は明るく夜が暗い日と、昼夜逆転する日が交互に来るらしい。

 明日の現実の昼には、カイラルは暗いのだろう。


 取り合えず現在の場所が分からない為、メニューを開こうとすると開けなかった。

 白い点の近くに『イベント中のメニュー操作はできません』と書かれている。


 イベントとはなんだ?

 大体、いろんな人の配信を見てきたが、ゲーム開始直後は始まりの町のど真ん中からだった。

 何が起きているか把握できないでいると、個室の扉が開かれた。


「あら、メクサ。起きたのなら下行って顔洗ってらっしゃい」


 扉には知らないおばちゃん。黒い服に使い古したエプロンを着ている。

 視界の下、吹き出しに『ああ』と書かれている。


「ああ」


 視界の表示されたセリフに沿って話すと、イベントが進むようだ。

 どこを進めばいいのかも表示され、それに従い建物裏の井戸で水を汲み顔を洗う。

 季節は春くらいなのか、水はそこまで冷たく感じない。


 顔を洗い終え表示に沿って移動すると、玄関だった。

 先ほどのおばちゃんが待っていて、綺麗な布で包まれた何かを渡された。


「昨日言ってたから作っといたよ。1人で生活するんだろ、頑張りな」

「ああ」


 メクサ君『ああ』しか言わないの?

 1年間フラフラしてたのに、優しいおばちゃんが何かを用意してくれて、寝る場所も確保してくれる。

 この世界設定では、恵まれているのかもしれないな。

 渡された物をどうするか迷っていると、背中を叩かれた。


「ほら、さっさと行きな。ここにいても冒険はできないよ」


 右手に渡された物を持って、左手で扉を開ける。

 場所は分からないが、町はずれなのか人通りはない。


「いってきます」


 そう言ってもシステムの問題なのか、返事はなかった。

 これこそ、おばちゃんが『ああ』と言ってくれればいいんだが。

 外に出て暗転、視界が戻ると先ほどと変わらず誰もいない状態だった。


 左手で白い点を触ると、メニューを開くことが出来る。暗転でイベントが終わったのだろう。

 右手に持っている物を左手で触ると、アイテムの名称と出来ることの一覧が出てきた。


『孤児院長の作ったご飯:15年孤児院で過ごし、1年間町で手伝いをして過ごしてきたメクサ旅立ちの日に作ったご飯。メクサにとっては最後となる母の味 DUR:∞/∞』


 これは使いづらいアイテムだ。腐るようだったら使おう。

 それにフレーバーテキストが感動的にしようと必死だ。


『食べる、インベントリに入れる、捨てる』


 迷わずインベントリに入れるを選択すると『ここに入れてください』と書かれた真っ白な画面が出てきて腕ごと、ご飯を入れた。


 入れ終えるとヒントと書かれた画面が出てくる。

 白い点を長押しすると、支払い画面とインベントリ収納画面が出てくる、とあった。設定でダブルタップに変更した。


 これからどうしようかと周囲を見回すと、抑揚のないAIの声が聞こえてくる。


『ワールドクエストを確認しました。ワールドクエスト、始まりの町を狙う魔物から町を救おう、を開始します。ミッションが更新されます』


 目の前に白い画面が表示され、ワールドクエストとクエスト内容、その下に20個のミッションが表示された。

 見ていくと最初の方のミッションは、操作のチュートリアルのようだ。

 白い点を押し、メニューを表示させる。

 

 メニューは上から、現実時間、インベントリとショートカット、装備とステータス、取得可能スキル、マップ、フレンドとパーティー、クエストとミッション、イベントとオークション、設定、スクリーンショット、ログアウト。

 

 最初のミッションを達成するために、装備とステータスを開く。

 メニュー画面が左に移動して中央に腕と足を広げた地味な服を着た俺が出てきた。


 右には名前、HPとMP、ATKとDEF、所持スキル、所持称号というものが出てくる。

 

 『メクサ HP:99 MP:99 ATK: 0 DEF:+6』

 『所持スキル:熟練度 片手剣:1、両手剣:1、刀:1、短剣:1、両手斧:1、片手斧:1、斧投げ:1、飛礫:1、スリング:1』

 『所持称号:なし』

 

「称号?」


 称号欄には何も書かれていない為、気にせずミッションを進める。

 画面中央の俺の右腕を押し、武器・防具から武器を選ぶ。

 するとインベントリから武器だけ表示されて選べるようになる。


 戦闘チュートリアルはそこの所詳しく教えてくれなかったから、インベントリから武器を選んで装備をしていた。

 表示された中で一番押しやすい場所にあった両手斧を選び、装備を決定すると背中が少し重くなった。


『ミッションを達成しました。ミッション内容を更新します。報酬として銅貨10枚を獲得しました』


 リザルト画面が表示され、『銅貨10』を手に入れる。

 最初のミッションは武器を装備しようだった。

 防具はインベントリ内に無いため、装備はできない。今の服のままだと防御は不安だ。

 開いたままの装備欄から俺の体をタップすると、着ているものの詳細が表示された。


『門衛の服(上):門衛の服として知られているが、中古の為傷んでいる DEF+4 DUR30/30』

『海賊のズボン:海賊のズボンと銘打たれているだけのズボン DEF+2 DUR20/20』


 あまり良いものではなさそうだ。もう少しマシな装備に早く着替えたい。

 次は何をするのか、ステータスと装備からメニューに戻り、クエストとミッションを表示する。


 ワールドクエストから『始まりの町を狙う魔物から町を救おう』を選択して、ミッションを表示させると最初にミッション、武器を装備しよう、には横線が引かれていた。次は、冒険者組合に登録しよう、だった。


『ミッション、冒険者組合に登録しよう、を開始します』


 ミッションの開始がAIの声で告げられると、ARの時よりも分かりやすく道程が表示され冒険者組合に向かう。

 冒険者組合は町はずれの孤児院の近くではなく、人通りの多い町の中心部と思われるところにあった。

 5階建ての建物で、周囲にはプレイヤー、NPCどちらかは分からないが人がたくさんいる。


 大きな木製の扉を開け、表示される矢印に沿って受付の前に立つ。


「こちらは新規登録・依頼用の窓口です」


 仕事が忙しいのか、死んだ目をした受付嬢に無表情で対応される。

 まあ、顔を布で覆った人が来れば、こうなるのかもしれない。


「新規の登録です」

「はい、登録料は銅貨5枚です」


 メニューを開くと、右側にお金を支払うという項目ができていた。

 そうだった。ダブルタップで支払い項目とインベントリ収納画面にいけるんだったな。


 支払うを選択すると、受付の台には銅貨5枚。

 受付嬢は1枚ずつ確認して袋にしまうと、小さな銅色の金属板を渡してきた。


「銅貨5枚を確認しました。これが組合証になります。装備するとあなたの名前、組合のランクを表示するようになります」


 俺が装備をしていると、受付嬢はそのまま組合のルールを話し始める。


「右手にあるクエストボードからランクに応じた依頼を受けられます。冒険者同士の諍いには組合は関わりませんが、ここで問題をおこせば除名します。注意事項は以上です。これから頑張ってください」


 受付嬢はその後、銅貨を入れた袋を持って受付奥の扉に消えていった。

 装備欄から組合証を装備しようとしたのだが、どの部位を触っても装備できない。

 インベントリに組合証を入れ、組合証をタップすると装備するという項目があった。


 装備するを押すと次は、装備箇所を選んでください、と書かれている。

 首、靴の中、ベルトと3箇所あったが、無難に首にした。

 首に装備するとチェーンが付属している。


 いつの間にか付いていたチェーンを持って組合証を見ると、受付嬢が言っていたように名前とランクがある。


 『Mexa:G』


 ひらがなでもカタカナでもない名前だった。キャラの名前はカタカナで付けたんだが。


『ミッションを達成しました。ミッション内容を更新します。報酬として銅貨15枚を獲得しました』


 リザルト画面が表示され、『銅貨15』を手に入れた。

 次のミッションのためクエストボードに向かうと、謎の言語で書かれた分厚い紙が大量に張られている。


 周囲に冒険者がたくさんいる為、少し近づいて探そうとすると『組合クエスト』と書かれた画面が出てきた。

 絞り込み機能でGランクのクエストを調べると、5つだけだったため全てのクエストを選択して受注。


 『ミッション、始まりの町を巡ろう、を開始します』


 その後、丁度いいところでミッションを終えたのが、11時。

 町を巡るミッションはどの店が何を販売しているか等、この世界のチュートリアルのようなものだった。


 その後のミッションは、クエストの討伐系と採取系を受けることと達成して報告すること。

 受注はしている為、後は達成して報告するだけだ。

 採取は触ることでアイテムの詳細を表示させられる為、地道以外の辛い要素はない。


 討伐では苦戦を強いられた。

 Gランクの討伐依頼は、ほとんどが動物だ。

 動物は攻撃を当てても、外しても気付かれれば逃げていく。

 遠距離攻撃手段が少ないことは、動物を相手にする場合、面倒極まりないことを実感する。


 そのおかげだろうが、動物の討伐依頼を終える頃には、スリングのスキル熟練度は結構上がっていた。


 それよりも。

「これって、どこでもログアウトできるのか?」


 思わず出た独り言に返答はない。AIも反応していないようだ。

 少し悩んだが、メニューを開き一番下の検索欄からログアウトに関して検索する。

 調べた結果、宿屋や家等の特定の場所でログアウトすることで、その場にログインすることが可能らしい。


 他の場所でログアウトした場合は、直前までいた町の中心部でログインするということだ。

 町の中にいた俺は、そのままログアウトし、VR終了を押した。

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