第4話


 体育が終わり、体操服を着替えて一度教室に戻る。

 ヘルメットと手袋、インナージャケットを持って食堂に向かった。

 駐車場の隣にある食堂。


 大抵の生徒はここで昼食を摂る。ただ一部の3年生は生徒棟と西棟の間にある中庭で、食事を摂っている。

 今日みたいな天気の良い日は、外での食事を美味しく感じるのだろう。


 移動中にスマホで注文しておいた、日替わり定食を精算機に時計をかざして受け取った。

 食堂は校舎側の出入口近くに受け取り場所があって、他は机と椅子ばかりだ。

 席は決まった場所があるようで、2年生と3年生は毎回同じ席。1年生は色々な場所を行ったり来たり、だが俺の場所は決まっている。


 返却口の傍だ。

 校舎側の出入口が1つ、駐車場側の出入口が3つ。駐車場側の出入口の内の1つが返却口に近い。

 お盆を机の端の席に置き、隣の席に誰も座らせないようにヘルメットと手袋を置く。

 手を合わせて白米を食べようとした時、1つ空けて隣にカマタニが来た。


「また1人か?」

「好きで1人なんだよ」


 そもそもカマタニは何で俺のところに来るんだ?


 顔を見合わせて返事をすると、対面で座った音がした。

 1人で食べたい主義としては、対面で食事されると気になってしまう。

 他人が食事を摂る音。それが苦手な俺はわざと顔をしかめて、対面の席に顔を向けた。


「鷹峯さん、その顔は何ですか?」

「委員長、対面で座るのはやめてくれ」

「そうですか」


 鋭い目つきの無表情で返事をしてくれたが、了承した訳ではないのか委員長は移動してくれない。

 カマタニに、どうにかしてくれと視線を向けていると、委員長の隣に委員長が座った。

 『1ーⅤ』男委員長だ。名前は知らない。


「鷹峯くん、ちょっといいかな?」


 名前が分からない男委員長はフレームの細いAR眼鏡をかけ、髪が短く整えた妙にかっちりとした印象だった。

 顔は女委員長に似て冷ややかそうだ。でも、1年生で委員長になってるわけだから、先生の信頼厚い生徒なのかもしれない。


「ん?」

「鷹峯くんは入学前体力測定で、いい成績を出していたよね?」

「平均以上はでてたな」


 何を言いたいのか。

 ただ、何やら頼まれごとでもしそうな雰囲気だ。

 逃げるため、急いで食べ始める。


「知ってるかもしれないけど、全国高等学校VR競技大会の学年選考を兼ねたスポーツ大会が6月にあるんだ」


 知らない言葉が出てきて箸は止まったが、テキトーに頷いて食事を再開する。

 スポーツ大会はオリエンテーションで聞いたが、VR競技大会は知らなかった。ニュースはAIが教えてくれるもの以外はほぼ見ていない。


「実はスポーツ大会に勝つため、実践学習で練習することになったんだ」

「俺は家に帰るぞぉ!」


 絶対嫌だ。

 今日はこの後の予定全て決めてある。

 あるゲームを卒業する。次に『カイラル:RS』のアカウント設定とキャラクター設定を行う予定だ。


「赤沢、やっぱり無理でしょう。ゲームがしたいからと授業を急いで済ませるのだから、練習に付き合う訳ないと思ってました」

「確かにそうみたいだ、坂下」

「他の方法はありますか?」

「うーん? 考えつかない。他の手を考えてくるよ、鷹峯くん」

「そうか。それじゃ」


 話し終えると同時に食事を終え、席を立つと食器をお盆ごと返却し、急いで駐車場に向かった。

 AR眼鏡を片付け、口にミントタブレットを放り込む。


 ヘルメットを被りながらバイクに向かう。

 視界にはバイクの充電状況が表示され、100%だと分かる。


『充電プラグが外れました。スイッチONを確認。各部問題なし。システムオールグリーン』

「どうした? お前のシステムが異常だぞ。新型買おうか?」


 実際は新型を買うお金などない。AIにお金を使うのは懐に余裕のある人くらいだろう。

 俺自身、元とはいえフラッグシップAIを買うことが出来た。

 だから家事全般できない俺が快適に一人暮らし出来ているわけだ。


『皮肉です。分かりませんか?』

「わからん。皮肉を解するAIなど俺は知らん」


 バイクに跨り、スタンドをはらう。左足でシフトペダルを踏み、1速に入れる。


『他人との付き合いをしないアナタは、自分のすることに酔っているんです』

「どういう流れでそう結論付けたのかわからん」

『人は自分を肯定する為、都合よく解釈すると知識にあります』

「俺は別に自分の行動に酔ってない。VRが楽しくて周囲が気にならないだけだ」


 そう吐き捨てて、学校を出た。

 だけど、AIと離れられた訳ではない。

 俺は自分の行動に酔っているか?

 そういう所も少しある、気がする。

 ただ、小指の爪の先ほどだ。大半はVRゲームの事で頭がいっぱいだ。


 酔っている行動と言えば、バイクに乗ることくらいだろう。

 磁励音を響かせて加速する度、酔っていると自覚できる。バイクに乗ってる俺かっこいい、楽しい、サイコーってなる。ここまでくれば皮肉は通じない。


 自分に酔いながらバイクを走らせること20分、高速に乗ることなく学校近くのゲームセンターにやってきた。


 時刻は12時50分。

 予定通り、あるゲームをやめるつもりだ。

 長くやっており、そのゲームを初めてしたのもゲームセンターだった。

 場所は違うが最後の場所として、大型VR機が置かれているゲームセンターを選んだ。


 割と人がいるようで駐車場は、受動車が多い。

 出口近くに駐車し、ゲームセンターの中に入った。

 昔ながらのゲーム機に加えて、奥に大型VR機が6つある。


 ここにある大型VR機は卵型で人が座る場所、スマホを接続する場所、動かない体を外部から守るためのシールドがある。

 今、全てのシールドに『使用可能』と緑色の光で映し出されている。

 たくさんの受動車に乗っていた人は、どこに行ったのか。目指すべき場所はここしかない、と思っていたのだが。


 出口に1番近い大型VR機のシールドを上げ、座り込んでシールドを下ろした。

 スマホの接続を確認して、その画面からシールドのロックを確認。

 深呼吸をして息を整える。


『VR機使用可能です。始める場合は認証機器に触れ、合言葉を言ってお金を払ってください』


 指紋と声紋、目の前にあるシールドの小型カメラがスマホの持ち主と同一人物か判断すると、VR空間に行くことが出来る。

 左手の先にセットしてあるスマホに触れた。


『合言葉を』

「VRゲーム、サイコー」


 頭が一瞬クラッとして、思わず目を閉じる。

 開いた時、そこはVR部屋だった。

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