第5話


 VR部屋。


 初めてVR空間に行くと、白一色の部屋に出る。

 そこでここは何かを教えられ、どんどん改造していくのだ。


 俺のVR部屋は、季節ごとに違う設定だ。

 今は春だから、大きな桜の木の下にベンチがあるだけの部屋だ。

 暖かな日差しと、偶に吹く少し冷たい風が心地よい。

 空も毎日違う、時間が過ぎれば移り変わる。

 だが、地面、桜の木、空とベンチ、後は見渡す限りずっと何もない。地面が続くだけだ。


 VR部屋用の上下ゆったりとした服を着た俺はベンチに座った。

 左手の人差し指と中指だけを伸ばし軽く振り下ろす。


 すると、視界に白い画面が現れた。

 画面には持っているゲーム、アプリ、動画のサブスク、ネット検索サービス等のアイコンが表示されている。


 VRゲームのフォルダから、卒業するゲーム『ストレイファイター』を選択。

 ゲームの開始を選択すると、暗転する。

 視界が戻った時、空中に大きく『ストレイファイター』と書かれた空間にいた。

 場所と共に服装もゲーム用に変わっており、白いマスクに手術着と手袋という服装になっている。


 VR部屋と同じように左手を振ってメニュー画面を出し、ゲームの設定項目からプロフィールを選択。

 自己紹介文に『このゲーム卒業します』と打ち込んだ。


 クイックマッチを始めようとすると、通知音が鳴りゲーム内でメッセージが届く。

 メッセージの送り主は、このゲームで出会った友人だった。

 内容はルーム統合してもいいかという事だ。

 フレンドリストから友人を選び、招待を送る。5秒と経たずに目の前に友人があらわれた。


「卒業戦ってホントですか?」


 声を変更するMODで、くぐもっている高い声の友人。

 プレイヤーネーム『サッカリン』俺の格ゲー友達だ。

 見た目は、ガスマスクに毒々しいピンクと黒の水玉模様のスーツを着た、赤毛の女性だ。


「本当だけど」

「どうして、飽きました?」

「俺さ、カイラルの第2陣なんだ。そっちに集中したいからやめる」

「カイラル。それなら仕方ないですね」

「だろ?」

「私と1戦して、その後タッグマッチしてから、やめませんか?」

「そうするか」


 このゲームは長く続けている。

 大型VR機が出てきた当初からあり、友人はこのゲームで出来た。


 メニューを出して、カスタムマッチを選択。

 いつものルールで承認を要請する。1戦だけ、ダメージ増加、制限時間無制限。

 サッカリンの方にも画面が出たのだろう、少し待っていると視界の真ん中で、20秒のカウントダウンが始まった。

 数字が減っていく中、左右にプレイヤーネームが表示される。


 『焦擂るふぁむ系』VS.『サッカリン(寝技NG)』


 残り10秒になった時、視界の中央にあったプレイヤーネーム、残りの秒数が視界の上端に移動した。


 目の前には、体の正面で拳を構えたサッカリン。

 こちらは半身で左腕低く構えている。

 残り3秒になった時点からカウントダウンの音がひと際大きく聞こえ、空気が張りつめるような緊張感。

 サッカリンとの勝負は、毎回これだ。

 ピリピリと張りつめている。口内が渇くような感覚。


「フーっ」


 どうにか落ち着かせて、相手を見据える。

 ゼロ秒のカウントと共にプーッと気の抜けるような音が鳴り、サッカリンは一気に距離を詰めてきた。

 いつも蹴り技主体なのに、どうしたのか。


 極至近距離は俺の得意距離だ。

 左のジャブを逸らし、右肘で顔へエルボー。

 サッカリンも軽くしか打たず、いつでも次の攻撃を仕掛けられるように動いている。

 避け弾き、弾かれ避けられる。


 互いに1発も決まらないまま、攻守が激しく入れ替わる。

 そんな中、最初に1撃をもらったのは俺だった。

 急な連撃が来て、弾きを両手でしてしまい、そのまま腕を封じられて至近距離で頭に蹴りをもらった。

 視界端のHPが半分減ったのを確認しながら、封じられていた腕を使ってサッカリンの移動を封じ、顔に頭突きする。

 同じくらいHPが減り、振出しに戻った。


「女相手にやりすぎです」

「VRじゃ、女とか男とか攻撃力に関係ないから、問題ない」


 男も女も数値上の攻撃力に関係はない。

 VRでも現実でも、男より強い女なんて五万といる。

 ただ、VRで強い女は現実でも普通に強い。攻撃力は下がるが、動きはそのままだからな。


 サッカリンは強い。

 先に攻撃をもらったのは、流れ的によくない。

 今度はこちらが意表を突く番だ。


 近づいてローキック。いなされ、向かってくるジャブを身体で受ける。

 HPが1割減ったのを見ながら、軽くよろけてみせる。

 実際、重心が軽く浮き、攻撃を入れば体勢が崩れる状況だ。

 何度も闘ってきたサッカリンはこのチャンスを逃せない。


 何かあると分かっているが、見逃せないはずだ。

 案の定、大技を出してくる。

 顎に向かってくる右足。両脚を開いて落ちるように躱す。

 しかし、それが分かっていたのかサッカリンは体を回した。

 右足を戻しながら、左足が上がり地面から両脚が離れた。左の蹴りだ。


 右足が着地した途端、向かってくる左足の勢いが増し、繰り出されるのは後ろ横蹴り。

 体に当たれば1発で終わりだ。

 胸元に迫る足を地面に寝ながら避け、軸足の膝裏に拳を叩き込む。

 VRにおける痛覚は制限を受けており、とても鈍感だ。痛みでひるむことは、ほぼない。

 ただ衝撃は加わっている為、膝は曲がる。


 通常であれば、ここから寝技に持ち込むのだが、サッカリンは寝技NGのプレイヤーだ。

 寝技に入ると強制的に試合終了の後、ルーム統合が解除される。

 だから曲がった左膝を拳で地面に着けさせ、下がって来た後頭部に右足を見舞った。

 左膝と後頭部で半分あった体力はゼロになり、視界には『WIN』の文字。


「あーっ、負けた!」

「俺の勝ちで決着だな」

「私もカイラルしますから、絶対勝ち逃げさせません」

「第何陣で来るか知らないけどー、期待しないで待ってるよぉ」


 今回は勝てた為、気分良く煽ることが出来る。

 するとサッカリンは、下に向けていた顔をこちらに向けてきた。

 当選しなかったのだろう、顔は見えないが雰囲気で分かる。


「腹立つーッ‼」

「はいはい。タッグマッチしてからやめるんだろ?」

「そうです。時間無いから1戦だけですが」


 スマホで俺のプロフィールを見てきたのだろう。何をしているか分からないが抜けてきたようだ。

 再度メニューを呼びだし、クイックマッチからタッグを選択した。

 マッチングが開始して、カウントアップしていくのが見える。

 マッチングの平均時間は1分。


「あの……」

「なんだ? サッカリン」

 マッチング待機場所で隣にいるサッカリンは、ガスマスクを右手で押さえている。

 中学時代にこういうのがいた。

 右目が、とかなんとか言って必死に押さえていた。

 ソイツ曰く、かっこいいらしいが俺にはよく分からなかった。


「えっと……」


 何を言うのか楽しみに待っていると、パッパパーッと大きなラッパの音が響く。


「ちょ、なんですか⁉」

「マッチングした音」


 サッカリンが驚いた後、前方に対戦相手が現れた。


 1人は男。金髪サングラス、生身に防弾ベスト、カーゴパンツとタクティカルブーツだ。顔は日本系でないが、個人特定防止用の変装マスクを着けているのだろう。

 1人は女。恰好は最近見ることのないスケバン風でロングスカート。髪は金髪ロング、口元を革のマスクで隠している。


「なッ⁉ サッカリン?」

「ホンモノ⁉」


 2人の反応を見るに、どうやらサッカリンは有名人らしい。

 思わず隣を見るが、当たり前のように平然としている。

 視界の真ん中で20秒のカウントダウンが始まった。

 左右には互いのプレイヤーネームが表示される。


『汗擂るふぁむ系、サッカリン(寝技NG)』VS.『美ボ少尉、竹刀ナイ』


「お前、有名人」

「そうですね。ランクマッチもしてますし、結構上位ですから」


 知らぬ間にゲーム内とはいえ、有名人と出会ってフレンド登録しているとは、不思議なものだ。

 まあ、このゲームやめるけど。

 ゲーム内におけるフレンド登録の為、他のゲームでフレンドになるにはIDを教えあう必要がある。

 IDを教える気はないから、仕方ない。


「ないない任せた」

「女相手は苦手じゃないでしょう?」

「基本は苦手、顔を全面覆っているサッカリンは気にならない」

「VRらしい理由ですね」


 無駄話している間に音がひと際大きくなり、残り3秒だった。

 互いに構え、にらみ合う。

 隣を見るとサッカリンもこちらを見ていた。


「ふっ」


 思わず笑いが漏れた。

 タッグマッチは何度目か。何度もしていたが最後だと思うと、名残惜しさは感じる。

 ゼロ秒のカウントと共に高音が鳴り、必勝スタイルの開幕速攻を仕掛けた。

 

 マッチ終了後、視界には『WIN』の文字。

 正面にいた2人は消え、残ったのは隣のサッカリン。


「じゃ、カイラルで会えたら」

「他のゲームはしないのですか?」

「するとしてもVR初期のゲームはしないかな? 最近のゲームすると思う」

「分かりました。さよなら」


 手を振りながら、ルーム統合を解除した。

 他の格闘系ゲームでもサッカリンと遊んだことはある。

 けど、このゲームでよく誘われるから『ストレイファイター』をする頻度が多くなった。

 懐かしさと寂しさに少し浸って、ゲーム終了し、VR部屋のメニューからVR終了を押す。


 一瞬クラッとする感覚と共に、現実に戻ってきた。

 スマホからシールドのロックを解除して、開ける。

 

 目の前には白シャツでジーパン、度付き眼鏡のひげが濃いおじさん。

 心にあった柔らかな温かい気持ちが一瞬で冷え切った。

 余韻を楽しませてくれないのは、ゲームセンターという場所の問題だな。

 急いで出ると、おじさんが急いで入って行く。

 他の大型VR機は全部使用中で、ゲーム中に何かあったようだ。


 大型VR機の奥の机に座って、スマホを眺めるおじさん達。受動車の人達だろうか。

 時計を見ると13時20分。気になるが今日の予定をこなす為、帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る