第3話

 駐車場から東棟1階に行き、上靴に履き替える。

 この時間は人がまばらで、少し遅いとギリギリで登校してくる生徒の波ができる。


 ————立——桜下高等学校。ひと学年に150人の計450人生徒がいる高校だ。

 家から近いのが、俺の利点。

 おととしから設備を新しくしたようで、他の高校と比べると学費は安いのが、親の利点だ。


 学校が始まって4日経つ、現状の持ち物は身分証のスマホだけでいいくらいだ。

 お金はスマホで払える、教科書は学校のPCにダウンロードされている、もしもの書き取り用ノートは学校に置いている。


 3棟ある校舎の真ん中、生徒棟の1階『1ーⅤ』教室の扉を開ける。

 多数の生徒が楽し気に会話しているのを聞きながら、扉から最も遠い自分の席に座った。


 AIが言っていたように、人間関係を捨てたような俺には会話相手がいない。だが、やるべきことはある。


 真後ろのロッカーにヘルメットと手袋、インナージャケットを入れ、机のくぼみにスマホを嵌めこむ。

 電源が入り、机からアクリル製の画面が伸びて今日の学習内容を表示した。


 時間割順に並んでいるが、最も苦手な数学を選択して授業を始める。

 始めてから10分くらいでチャイムの鳴った音が聞こえる、1時限目の開始だ。学習内容の達成度は20%ほど。


 昔は各クラスに、先生が1人から2人付いていたらしい。

 しかし今は大人の数が少なく、その中で教師の数はもっと少ない。

 実際この学校は、各学年に先生が2人ずつ。授業も自学自習がほとんどだ。


 そのおかげで授業が終われば、好きに帰ることが出来る。


 ただ、夏休み前と2月にはテストがあるらしく、60点以下を取ると補習が20日あると入学初日に聞いた。

 そのため最短の時間で覚えようと、授業を受けていく。


 休憩時間を返上して、10時50分までに今日の学習内容を終えることが出来た。

 今は2時限目が終わった後の10分休憩。


 これから西棟へ向かい、更衣室で用意された体操着に着替える。

 着替えた後は西棟のVR室で今日の授業内容をVRで試してから、体育館で授業を行う流れだ。

 だが今日は、事前に伝えられていた集団行動の練習をするらしい。そのため最初から体育館で授業を行う。


『どうにか終えたようですね』

「どうにかな」

「どうにか? わったん、また昼で帰るつもり?」


 右肩に置かれた手から視線を上げていくと、学校で唯一の友人がいた。

 このやり取りは授業が始まって3日、毎日している。


『この人はゲームの友達です』


 言い方に悪意がある。ゲームという共通の趣味を持つ友人、だろう。

 俺はゲーム以外の人間関係は捨てたが、ゲームに関係する人間関係は少しずつ育てている。

 こいつとは偶然出会ったが、接点ゼロから友人を作るという高難度の事は無理と考え、そのチャンスをものにした。


「鷹峯か、渉にしてくれ。カマタニ」

「なら、そっちも『カマヤ』にしてくれ」


 爽やかな笑顔がとても似合う俺の友人、釜谷智樹『かまやともき』。

 いつもニコニコしていて、線が細いわりに動ける男。女子からの人気はとても高いようだ。


「今日も昼で帰るぞ、カマタニ」

「それで、明日からだっけ?」

「そ、第2陣としてゲームするのが楽しみでたまらねぇ!」


 ワクワクし始めて、自覚できるほど口角は上がっている。

 VRゲーム自体は元々あったが、常時大量の人とゲームができるわけではなかった。


 去年までに出たVRゲームはどれも限定した場所、モードで多人数プレイできるというものだった。

 そんな中、今年の始めに発売されたVRゲーム『カイラル:RS』は、常時オンラインで多人数とゲームができる初のVRMMOとして話題だ。


 世界設定は中世ヨーロッパ風ファンタジーで剣と魔法の世界らしい。

 俺は運よく小型VR機が手に入ったと同時期に当選し、第2陣としてこのゲームができるようになった。


 初の常時MMOだからか、第1陣の10000人、第2陣の10000人、第3陣の20000人と増やしていきテストするらしい。


「そうかよ。俺は相変わらず三騎士やってるよ」

「楽しいんだろ?」

「そうだけど。話題性がないじゃん」

「ゲームするのに、話題性なんていらないだろ」

「俺には必要なんだよ」


 隣を歩くカマタニを見ると、スマホをいじって何か動画を見ている。

 何を見ているか気になって、覗き込もうとすると耳元から静止の声が掛かった。


『やめてください。プライバシーを尊重するべきです』

「AIがプライバシーとは」


 AIが俺の生活を管理しているから、プライバシーなんて全くないのにな。

 スマホで見ているんだから、覗かれるんだ。AR眼鏡で見ればいいのに。


 更衣室に入り、並んだロッカーから体育館用の靴、体操服を探して着替え終えると、体育館に向かう。

 西棟からは体育館が最も遠いのだが、どうしてここに更衣室を設けたのか不思議だ。

 時間を確認しながら向かうと、体育館の入り口前に同じクラスの女子委員長がいた。

 いや、俺を待っていた。


「鷹峯さん、今日もお昼で帰るようですね」

「その通り」

「はあ。何度も言っていますけど、4時限目の実践学習に参加してもらえませんか?」

「自由参加だろ。みんな出なくても問題ない」


 女子の委員長。坂下という苗字しか覚えていない。

 野暮ったいAR眼鏡をして、その奥からは鋭い目つきでこちらを睨んでいる。いや、目が細いだけかも。

 ボサボサな髪の不思議な地味っぽい女子だ。


「鷹峯さん。あなた、そのままでは社会に出て苦労しますよ」


 うわっ。高校に入学したばっかりなのに、もう社会に出た後の話してくるとは。考えたくもない未来の話だ。

 そもそも俺の事より、社会に出ることを考えるなら、ボサボサの髪を整えた方がいいのでは委員長?


 それに。

「未来の俺が苦労するから問題ない。もういい?」

「ダメです。昨日までは特に理由も聞きませんでしたが今日は違います。どうして早く帰るのでしょうか?」

「ゲームするから」

「実践学習でもゲームしますが?」


 見た目と似合わないが、なぜか堂に入った小首を傾げる仕草。あざとい。

 実践学習のゲームは、俺がしたいようなゲームではないと聞いている。

 こちらも溜息を吐いて話し出そうとした時、委員長に誰かが話しかけた。


「坂下さん、あの人も参加しないって言ってるんだし、いいんじゃない?」

「そうそう、嫌々参加してる人がいたら、楽しめなくなっちゃう人もいるでしょ。それよりチャイムなるよ」


 後ろから歩いて来た女子2人が、俺の援護をしてくれた。

 ありがとう名も知らぬ女子2人、色の薄い金髪と妙に明るい茶髪。

 委員長は2人に促されて、体育館に歩いて行った。

 難を逃れてフゥと息を吐いていると俺の後ろにいた、カマタニが笑い出した。


「ッククックック」


 口を閉じて、笑いをこらえようとしているみたいだが、どうにもできないようだった。

 遂にはこらえきれずに閉じていた口を開き、声を上げて笑い始める。


「カッカッカッ、アッハッハッ!」

「なにがおもしろい?」

「だって、同じクラスなのにあの人って、坂下さんが名前言ってたのにあの人って、アッハッハッ」


 俺がジトッとした目を向けても構わず笑い続ける。

 確かに笑いたくなるのも分かるが、俺自身あの2人の名前を覚えていないから仕方ない。

 そうしているとチャイムが鳴り始める。俺達は体育館へ急いだ。

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