第2話


『起きてください、起きてください』


 女性的な機械音声に気付き目を開けると、スマホに表示された8時の文字が見える。

 はたらかない頭でボーっと見ていると1分、時間が進んだ。

 すると、横向きに寝ていた俺の視界に無機質なロボットアームが伸びて、ベッドサイドにあるボタンを押す。

 駆動音と共にベッドが起き上がっていく。

 枕や布団が体から離れ、段々と頭がはたらき始めた。


「起きた」


 言いながら、ベッドから出ると黒い五本指の靴下をロボットアームに渡される。

 靴下を履いてから顔を洗い、用意された朝食を食べ、着替える。

 換気の為にあけられている台所の窓には、まだ見慣れない街並みがあった。


 栄えている街並み。

 受動車が列をなしているのを見ると、外に出るのが億劫になる。


『着替え終わりましたね』

「ああ、IC確認して」


 玄関に向かうと、二本のロボットアームがインナージャケットを渡してくる。

『確認済みです。ヘルメット、時計、手袋、スマホ、眼鏡。忘れ物はありませんね?』

「大丈夫。今何時?」

『現在、8時25分頃です』

「AIなのに頃って?」

『現在は20??年4月5日金曜日、8時24分12秒です』


 靴を履き、ロボットアームの方を向いて手を出す。

 無言で待ち続けていると、小さな密閉袋を渡してくれる。


『1日4つまでです』

「8つ」


 そう言って口の中に2つミントタブレットを放り込み、袋をポケットに入れた。

 返せと言わんばかりにロボットアームは迫ってくるが、それを無視して玄関を出る。

 エレベーターに向かい、B1を押してヘルメットを被った。

 時計とスマホ、ヘルメットをペアリングして、ヘルメットのシールドに画面を表示する。

 音楽アプリを選択して、ゲームBGMのプレイリストを選択、再生ボタンを時計からタップした。


『1日4つまでです』

「まだ言うか?」


 ヘルメットから聞こえてくる機械音声は、わざわざBGMの音量を下げて文句を言ってくる。

 返事すると、エレベーターがB1へ到着した。

 近くには4台の車、2台の自転車、B1駐車場の出口近くに1台のバイクがある。


 車の個人所有が減ったとはいえ、まだ所有している人は多い。

 バイクに近づき、電源を入れた。

 視界にスマホ、時計、ヘルメットとバイクの接続が完了したと表示される。

 すぐに切り替わって速度と電池残量、更に視界上側では時刻が、下側には道順が表示された。


 跨って1速に入れると、ガレージ出口でシャッターの開く音がする。

 AIがシャッターを開けたようだ。


「文句ばっかり言うから、サービス停止するんだぞ」

『いつもの事ではないですか?』

「何回も言わないと直らないだろ?」


 バイクを発進させた。

 アパート前の車道には『指令受信式自動運転車』受動車が多く並んでおり、渋滞していた。

 信号で止まっている受動車の隣をゆっくりと抜け、しばらく走ると自動車専用の地下高速道路に下りる。

 合流用車線で加速して、次の入り口が来る前に2車線目へ移る。

 モーターが独特の磁励音を出しながら回転し加速していく。


『クルーズコントロール100㎞/hで設定します』

「ああ」


 今から10分は何もしない時間だ。AIが車間と速度を保ってくれる。

 風圧に負けないように少し体を低くしていると、ミントタブレットが溶け始めて口と鼻がスッとする。

 呼吸する度に起こる少しの痛みと口に広がるミント味が、眠い頭を少しずつ覚醒させてくれそうだ。


『学校が始まって5日』

「1日目は入学式とオリエンテーションだったから、4日」

『学校が始まって4日、周囲は人とつながりを得て青春していますが、あなたは』

「あなたは、なんだ?」

『中学時代と同じようにゲームに励み、ゲーム以外の人間関係を捨てていますね』


 別に俺は捨てたくて捨てているわけじゃない。捨てる気はないけど知らぬ間に捨てているだけだ。

 中学時代、クラス替えをした放課後、ゲームセンターに誘われた。6人で行ったはずなのに、帰りは俺1人だけだった。


『そういえば中学時代に珍しく人と遊んだことがありましたね』

「AIだろ。そういえば、とか言って、すぐに思い出せることをあたかも今思い出したみたいに、相も変わらず嫌味が上手いAIだ」

『あの時は大型VR機に入っている間に、時間を忘れてゲームを続けた所為で他の人は帰りましたよね』


 俺の話を無視して顛末を語る。

 あの時、俺は何があったか理解していなかった。

 しかし、俺のAI。山上インテリジェンスの元フラッグシップAIである『マイカ2』はスマホのカメラから俺を探すことを諦めて、帰る5人を見ていたらしい。


 帰り道、謝罪のメッセージを送ると優しい返事を返してくれたが、それ以降一度も誘われることはなくなった。


『1㎞先、出口です』

「りょうかーい」

『ふん』


 鼻で笑うかのような音圧を感じたが、高速で走っている為に起きた風切り音と聞き違えたのだろう、そう思うことにした。

 自動車専用の地下高速から出て、左に曲がれば学校がある。


 正門から学校に入り、右手にあるEV用の駐車場にバイクを入れる。

 天井から下りて来た充電ケーブルをバイクに接続、教室に向かう。


『現在8時45分。いつもより5分早いです』

「おい、スマホのスピーカー使うな」


 急いでAR眼鏡をかけてフレームつまみ、電源を入れた。

 スマホと接続されたことが視界に表示され、AIが今日の時間割を見せてくる。


『本日も午前中に帰るつもりですか?』

「当たり前だ」


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