4話

昔から可愛いね可愛いねって言われ続けて育ってきました。



父は会社経営をしており、母は専業主婦。



自分でも何不自由なく育ててもらってきたと思います。



幼少期から欲しいもの・好きなものを買ってもらっていました。



誕生日には大きな大きなバースデーケーキ。



毎年海外旅行にも行っていました。



幼いながら幸せだなって思っていました。



ご近所さんにもちゃんと挨拶できる子だって褒めてもらっていました。



それは両親の教育によるところが大きかったのかもしれませんけれども。



私立の幼稚園に入れてもらいそこでもたくさんの経験をしました。



リボンが可愛い制服。



本当に楽しかった記憶しかありません。



3年間送り迎えをしてくれた両親には心から感謝です。



小学校は地元の公立校に入学しました。



友達もたくさん出来ました。



家から近い小学校だったので下校時にはみんな私の家に遊びに来てくれていました。



5年生の時に行った林間学校。



自然の家でやったキャンプファイヤー。



すごかったなあ。



火を囲んで燃えろよ燃えろをみんなで歌いました。



飯ごう炊飯もはじめての経験にしてはおいしく炊けたと思います。



修学旅行は1日目はUSJ、2日目は京都でした。



みんなでいろんな乗り物に乗りました。



私は絶叫系があまり得意ではないのでずっと目をつむってましたけれど。



楽しいショーもたくさん見れて本当に楽しかったなあ。



京都も昔家族で行ったことはあったけど、みんなで散策するとまた違った感じでおもしろかったです。



けれど外国人観光客ばかりでどこもかしこも混雑してました。



もう少しゆっくり色々なところを回りたかったなあ。







小学校を卒業してからは最悪でした。



何故かやんちゃなグループに目を付けられてしまい入学してすぐぐらいからいじめが始まりました。



初めの内はパシリだとか、少額のお金をせびられるだとかだったので私なりになんとかやっていたのですが、それもだんだんエスカレートしていきます。



1年の終わりころには暴力が始まりました。



お金をもう渡せないとなると囲まれて殴る蹴るの暴行。



トイレに閉じ込められてホースで水をかけられたりなんてこともありました。



逆にトイレを我慢させられて廊下のバケツにさせらりたり。



屈辱の連続でした。



一度担任の先生に相談したこともあるのですが、それが何故かバレてしまいそれからいじめがもっと酷くなっていきます。



親には一度も言いませんでしたが、たぶんバレていたのかもしれません。



両親が学校に相談に行ったりもしていたそうなので。



3年になると性的暴行が始まります。



それを拒否するとハサミを首元に突き付けられて脅されました。



実際切られたこともあります。



私が血を流していても笑うだけで誰も心配などしてくれません。



















もう限界です。



もう耐えられません。



今までされたことは全て紙に書いてきました。



あとはもうここから飛び降りるだけです。

























お父さんお母さん今までありがとう。



























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