第10話 放課後
「で、どうだった?写真部」
私の目の前に美香の顔がある。というか、近すぎて美香の顔の全体図がよく見えない。とりあえず、私の目の先に美香の目がある。それだけは分かる。そばで菜乃花が面白そうに微笑んでいる。
「面白かったよ。写真はあんま撮ってないけど」
「私も行きたかったな〜」
美香はそう言いながら私から離れると、そのまま椅子に座り、頭を後ろに倒す。そして、「行きたかった〜」と、今度はワガママを言う子供のようにうなだれながら言う。そんなに行きたかったんだ。私は少しだけ美香に申し訳なく思う。
私たちが写真を撮りに行っている間、美香は県外に二日間遠征に行っていたらしい。ひたすら走ったり、練習試合をしたり、それはそれは大変だったそうだ。文化部とは、行動範囲が違いすぎる。美香は、本当にすごい。私はそう思う。
「色、写真上手く撮れたの?」
「んー微妙。なんか上手く撮れない」
「色、そういうの苦手そう」美香が笑いながら言う。
「そーなんだよ。写真の撮り方なんかぜんっぜん分かんないし」
「これから上手くなればいいし、大丈夫だよ」
優しいフォローが、菜乃花をまるで先輩のように感じさせる。私は反射的に菜乃花に抱きつき、「一生ついていきます」と宣言する。美香も菜乃花に抱きつくと、「同じくです」と宣言。私と美香に抱きつかれた菜乃花は「任せなさい!」と声を張って言う。少し間を開けた後、私たちはクスクスと笑う。
あー。授業に集中できない。小太りの、古文の、誰だっけ。名前忘れた。私は黒板に書かれた意味のわからない漢字の列をノートに書き写すのをやめて、菜乃花の方を見る。菜乃花は背筋を伸ばして、真面目にノートを取っている。いつもはふあふあしている菜乃花が真面目に勉強する姿が、とても可愛いらしい。
私の心の声を感じ取ったのか、菜乃花が私の方に顔を向ける。そして口角をあげると、口パクで「がんばれ」と言う。はぁ、かわいいです。菜乃花の口パクだけで、ご飯三杯はいける気がする。
すると、急に菜乃花がくすくすと小さく笑い始める。ん?私は首を傾げる。それに気づいたのか、菜乃花はシャープペンシルで私の後ろの方をツンツンと指し始める。何だろ?私は後ろを向く。すぐに目に入ったのは、頭を前後に揺らす美香だ。たまに机にぶつかりそうになると、まるで反射のように頭を正常の位置に素早く戻す。そして、また頭を揺らし始める。私はそんな美香を見て、思わず吹き出しそうになる。
「おーい、ミカー。起きろよー」
小太りな古文の先生が優しい声でそう言う。しかし、美香は首を前後に振りながら弱々しく「はーぃ」と眠そうに、というか寝ながら言っている。なんで寝ながら返事できるんだろ?私と菜乃花は必死に笑いを堪える。
帰りのホームルームが終わって、私と菜乃花は教室を出る。美香は教室で部内ミーティングだそうだ。バスケ部は本当に大変だ。
美術室に着くと、そこにはすでに山上さんと泉碧空が座っている。
「あ、きた」
山上さんは私たちに気づくと、私たちに向かって手招きをする。
「てことで、今日は昨日撮った写真をみんなで見せ合お」
山上さんがそう言うと、菜乃花が軽く拍手をする。すると、菜乃花に続いて泉碧空が拍手をし始める。私だけしないわけにもいかないので、軽く手と手を叩く。
やっぱり、菜乃花も山上さんも写真を撮るのが上手だ。私は二人の写真を見ながら思う。二人とも写真家なんじゃないかと思うくらい綺麗な写真。花とか、虫とか、空とか、ありふれた物がいつもとは違う味を出している、と思う。
それに比べて、私が撮った写真は、ただものが写っているだけ。二人に比べて出来が良くないから、見られるのはとても恥ずかしい。
「最後は僕かな」
泉碧空はそう言うと、自前の一眼レフを机の上に置く。ボタンを何回か押して、私たちに一眼レフの画面を見せる。
そこには、夕日に照らされながら前を歩くへズ君の姿が写し出されている。目が見えないはずなのに、ヘズ君がしっかりと写真の中央にいる。
「きれい」
自然にその言葉が出た。瞬間、私は恥ずかしさのあまり赤面し、思わず菜乃花や山上さんを見る。菜乃花が面白そうに私を見ながら微笑んでいる。
「ありがと」
泉碧空はそう言うと、次の写真を画面に表示する。
目が見えない写真家 neinu @neinu
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