第8話 一枚目

ゲームセンターで遊んで、軽食を食べて、私たちは今、小さな公園にいる。ベンチには泉碧空がヘズ君を撫でながら座っている。一方、山上さんと菜乃花はスマホを空や木に向けながら写真を撮っている。かくいう私は、山上さんと菜乃花が撮った写真を見せてもらって、どういう風に写真を撮るのか、教えてもらっていた。

「すごい、綺麗だね」

菜乃花が撮る写真は花や木などの植物がほとんどだったが、どれもそれぞれの個性を引き出されている。ただの花のはずなのに、まるで抽象画に描かれる花のように、特別な存在のように写し出されている。

「なんだか照れる」

「本当に綺麗だよ。どうやって撮るの?」

「角度とか、日の光とか使って撮ると綺麗に撮れるよ。先輩に教わったの」

菜乃花はそう言うと、「あ、そうだ」と何か思いついたのか、スマホを手に取ってなにやらスクロールする。「あ、あった」菜乃花はそう言って、一枚の写真をタップする。日の光を背景に撮られた、たんぽぽの写真。陽の光によってできた影でたんぽぽのきれいな黄色が見えないのに、輪郭がはっきりと写し出されている。不思議な、それでいて綺麗な、写真だ。

「あ、それ、優秀賞とったやつだ」

山上さんが菜乃花の写真を見て言う。

「え、優秀賞取ったの!?」私は驚きのあまり、声が出してしまう。

「う、うん。一応ね」菜乃花は恥ずかしそうに言う。

「それ、私立図書館のコンテストに出したやつだよね」

「え、次出すやつ?」

「うん。これは前回のやつ」

菜乃花はそう言うと、嬉しそうに自分の写真を見る。私も菜乃花みたいな写真を撮りたいな。


「次、どこ行く?」

菜乃花がそう言うと、山上さんが「あっち」と言って、遠く先を指さす。山上さんの指の先には小さな橋がある。河川敷、かな?

「ヘズ、迷子になんないでよ」

後ろで泉碧空がそう言うと、ヘズ君は尻尾を思い切り振る。

一瞬だけ、この前の、写真を撮られた日がフラッシュバックする。

やばい。忘れろ。私。忘れるんだ。私はリズミカルに心の中でそう唱える。被害妄想を膨らませたらキリがない。面倒臭い。私は自分にそう言い聞かせる。


「泉さんって、目が見えないのに本当に写真撮れるの?」

泉碧空が一眼レフを手に持って写真を撮っている姿を見ながら、私は山上さんに問う。

以前も聞いた質問のせいか、山上さんがぽかんとしている。

「ほら、山上さん、『音を聞いて』て言ってたけど、音だけで景色のイメージとかできるのかなって」

私はしどろもどろに補足する。それを聞いた山上さんは「あー」と納得したような反応をすると、

「たしかに、普通音だけじゃ景色なんてわからないよね」

と言って微笑む。

「碧空さんは、上手く撮れなくても別にいいんだって。上手くいった写真も、上手くいかなかった写真も、全部写真だよって」

「なんか、先生みたいだね」

「人より苦労してる分、感性が磨かれるんだよ」

感性、か。私にはあまり向かない言葉だ。私は手に持っていたスマホをカメラモードにして、何となく景色を写す。しかし、菜乃花や山上さんのような綺麗な写真は撮れそうにもない。角度を変えても、それは変わらない。

「私、今日はいいかな」私はそう言って、スマホのカメラモードをオフにする。

「撮らないの?」山上さんが私に問う。

「私、写真のこととかよく分からないし、今日は二人の写真を見るだけにするよ」

私はそう言うと、山上さんは「そっか」と少しだけ残念そうに言う。


「はあ」

私は河川敷の芝に座り込む。少しだけチクチクした感触がする。私はポケットからスマホを取り出し、何となくインスタを開く。中学の友達がストーリーを上げている。みんな、何でこんなに写真を撮るのが上手いんだろう。私はそんなことを思いながら、次のストーリを見る。

「ワウ」

背中をこづかれる感触がする。私が後ろを振り向くと、そこには舌を出してこちらを見つめるヘズ君がいる。私は顔を上げる。そこにはリードを持った泉碧空がいる。

「ヘズ、何やってるの?」泉碧空が笑いながら言う。こいつ、ずっと笑ってる。

「…写真、撮り終わったの?」私はすこしだけ声のボリュームを落として言う。

「・・・えっと、色さん?」

「え、あー、うん」

私がそう言うと、ヘズ君が元気な声で「ワウ」と吠える。それを聞いた泉碧空は、「あ、こら」と言ってヘズの頭を撫でる。ヘズ君は嬉しそうに尻尾を振る。

「座ってもいい?」泉碧空が私に(多分)言う。

「お好きにどうぞ」

私は適当にそう返事をすると、泉碧空は「じゃあ、お言葉に甘えて」と言って、私の隣にヘズ君を立たせ、その横にゆっくりと座る。

なぜかは分からないが、ヘズ君が私をじっと見てきている。なんだ?

「これ、どう」

突然、泉碧空が私の目の前に一眼レフの画面を出す。そこには、夕焼けの空を背景にヘズ君が写った写真がある。

「いいんじゃない?私にはよく分からないけど」

私はまた適当にそう言うと、泉碧空は「ありがと」と笑いながら言う。

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