第7話 休日

「あ、色ちゃん、こっち!」

菜乃花が私に向かって手を振っている。その隣で、山上さんが片手にスマホを持ちながら眺めている。私はとりあえず、ぎこちなく手を振り返す。

大型ショッピングモールの中は、休日のせいか、人がたくさんいる。あらゆる方向から音が聞こえてくるし、小学生くらいの子供が片手に犬の形をした風船を持ちながら辺りを走り回っている。ガヤガヤ、ガヤガヤ、と、静かになる気配がない。

あまり賑やかなところが好きではない私にとって、ここはあまり居心地のいいものではない。

「お待たせ、しました」

私は待っていた二人になんとなく敬語を使ってしまう。それを聞いた菜乃花は、

「大丈夫だよ」

と、微笑みながら言う。

「碧空さん、少し遅れてくるって」山上さんがスマホから目を離して言う。

「わかった」菜乃花が返答する。

休日に外出するのが久しぶりなのと、あまり人目につきたくないから、とりあえず派手すぎず地味すぎないパーカーとブラウンのズボン。(あまり服に興味がなく、実はあまり服を持っていないとは言えない)一方、菜乃花はメガネをかけて、おしゃれなカーディガンを羽織って、いつもより大人に見える。山上さんも、花の刺繍が入ったロングスカートを着こなしており、菜乃花よりさらに大人の雰囲気を醸し出している。二人ともおしゃれだなと思うと同時に、自分の服装が二人に馴染めていないのではと、少しだけ不安になる。

「そういえば、なんでショッピングモールなんか来たの?」

「せっかくの休日なんだし、しっかり遊ばないと!」菜乃花が張り切って言う。

「休日が部活だけで終わったら、嫌だしね」山上さんが言う。

ただ写真を撮るだけじゃないんだ。写真をいっぱい撮ると思って、スマホにあったいらない写真や動画を全部消した自分が急に恥ずかしくなる。

「今日何する?ゲームセンターでも行く?」山上さんが言う。

「いいね、色ちゃんは何かやりたいことある?」

「私は、特には何もないかな」

「えー、色ちゃん何かないの?」

「う、うん」

「せっかくの休みなんだし、もっと楽しもうよ〜!」

そう言われても、私はあんまりアウトドアじゃないんだよな。私は少しだけ申し訳なく思いながら、少しだけ口角を上げる。

「え、こっちなの?」

泉碧空の声が聞こえてくる。私は声がした方向に目線を向けると、その先に、泉碧空と、大きな真っ白い犬がいる。

「犬?」私はなぜ犬がいるのか理解できず、つい声に出てしまう。

「あ、ヘズ君!!」

菜乃花がそう言うと、犬は私たちのところにさっきより少しだけ歩くスピードを上げて向かってくる。


「おー、よしよしよし」

真っ白い犬が菜乃花の前でおすわりをすると、菜乃花は真っ白い犬の両頬を両手で激しく撫でる。犬は嬉しそうに尻尾を振っている。

一方、山上さんは泉碧空の肩をポンポンと手で叩く。

「遅かったね、なんかあったの?」山上さんが泉碧空に問う。

「タクシーの運転手さんがヘズのためにシートを用意してくれて、それで」

「そっか、優しい人でよかったね」

山上さんがそう言うのに対して、泉碧空は愛想笑いのように「ハハハ」と小さく笑う。「優しい人でよかった」私は山上さんの言葉に少しだけひっかかる。泉碧空は障害者だ。歓迎されないこともあるだろう。私みたいな人間なんかには特に。

私は菜乃花が撫でている犬を見る。犬がつけているリードの先端に、「盲導犬」と書かれている。

「この犬、盲導犬なんだ」

「そうだよ。ヘズ君っていうの」

菜乃花がそう言うと、ヘズ君と呼ばれている犬は「クーン」と返事をする。私はしゃがみ込み、ヘズ君を見る。可愛い。犬ってこんなに可愛かったっけ。私はなかなヘズ君から目を離せない。

「色ちゃんも触りなよ」ヘズ君に見惚れている私を見て、菜乃花が笑いながら言う。

「え、噛んだりしないの?」

「大丈夫だよ。盲導犬って、おとなしい犬しかいないし」

私は恐る恐るヘズ君の頭に手を置く。毛がもふもふで、かすかに温もりを感じる。

突然、ヘズ君がおすわりの状態から立ち上がる。うわ、立った!私は驚いて「わ」と、声が漏れる。私は反射的に手を引っ込め、立ち上がる。

すると、ヘズ君は私の靴の匂いを嗅ぎ始める。なんだろうと私が思っていると、ヘズ君は私の足に顔を擦り始める。

「あ!色ちゃん、ヘズ君に気に入られたね!」

「そう、なの?」

「うん!よかったじゃん!」

菜乃花はふふふ、とおもしろそうに笑う。

「ヘズは人に懐きやすいんだ」

泉碧空はそう言うとしゃがみ込み、ヘズ君の頭を撫でる。ヘズ君は何やら嬉しそうに、へ、へ、へ、と舌を出しながら呼吸している。

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