第6話 部活(3)

「碧空くんは目が見えない病気なの。話しかける時は、肩触ってあげたりしてね」

目が、見えない。私は菜乃花が言ったことを脳内で繰り返す。こいつだ。昨日、あそこで会ったのはこいつだ。私は脳内でそう確信するが、目の前にいるこいつは目が見えない。そのことが、どうしても引っかかる。

菜乃花は女子生徒が座っている椅子の隣に座る。私は菜乃花の隣に座り、持っていったバッグを椅子の下に置く。目の前にあいつがいる。私は反射的に目を合わせないように下を向くが、目の前にあいつがいることが気になって、どうもじっとしてられない衝動にかられる。

「私の名前は山上小夜(やまがみさよ)ね。よろしく、色さん」菜乃花の隣に座る女子生徒が私の顔を見ながら言う。

「よ、よろしくお願いします」

私は少し詰まったような声でそう言う。できることなら山上さんの顔を見て話したいのだが、どうにも、上手く自分の体を操作できない。

「今日からよろしくね」

目の前にいるそいつはそう言うと、すこしだけ口角をあげる。


「あの人って本当に目が見えないの?」

私は本棚に写真集の本をしまいながら、私よりスムーズに作業を行う山上さんに聞く。次のコンテストに向けて、菜乃花たちは写真集を見て、次の写真のテーマを決める。これは写真部の決まりらしく、顧問が小谷先生になってから始まったらしい。

山上さんは私の顔を見ると、少しだけ、はにかんだ笑顔を見せる。

「よかった」

「え?」山上さんの言葉を、私はすぐに理解できていない。

「色さん、緊張で話せないんじゃないかと思ってた。さっきも、なんだかぎこちなかったし」

あぁ、そういうことか。私はさっきまでの私の行動を思い出し、少しだけ恥ずかしくなる。

「ちょっと、緊張してた」

私がそう言うと、山上さんはふふ、とまた少しだけ、微笑む。そして、菜乃花と一緒に写真集を収納しているあいつを見る。菜乃花とあいつは何やら話をしながら作業をしている。

「碧空さん、小学生の頃から目が見えない病気になっちゃって、それ以来、目が見えないんだって。治すのは難しいって」

「なんで、写真部なんか…」

「昔から、写真が好きらしいよ」

山上さんはそう言うと、最後の写真集を本棚に収納する。背表紙が綺麗に一列に並んでいてとても気持ちがいい。「座ろっか」山上さんにそう言われ、山上さんと私は近くに置いてあった手作りらしき椅子に座る。

「どうやって、写真撮ってるんですか?」

「ん?碧空さん?」

「はい」

私はずっと気になっていたことを山上さんに問う。目が見えないのなら、普通、写真は撮れない。でも、それだと昨日のことと矛盾する。

「本人が言うには、音をよく聞いているんだって」

「音、ですか?」

「うん、すごいよね。音で周りを把握するのって」

「…そうですね」

私はあまり納得いかないままそう言って、いまだ晴れない心のモヤを忘れようと考える。


菜乃花とあいつが作業を終えると、顧問の小谷先生が美術室に入ってくる。写真部の生徒は一度自分の作業を止めて、プリントに目を通している小谷先生に顔を向ける。

「来月の私立図書館のコンテストに一二年生の写真を出すことになりました。一二年生はそれぞれ写真を用意するように。三年生は自由参加にします。参加したい人は私のところまで来てください。以上」

小谷先生がそう言うと、写真部の生徒は再び各自の作業に取り組み直す。

「コンテストって先生が出る人を決めるの?」私は菜乃花に問う。

「図書館のはね。毎年一二年生は出るんだよ」

「そうなんだ」

めんどくさい時期に入ってしまったかな。私は少しだけ心の中でため息をつく。

「せっかくだし、週末四人で撮りに行かない?」突然、山上さんが言う。…え?

「いいね、色さんも入ったことだし、四人で行こうよ」目の前のやつが言う。

「そうだね、色ちゃんの歓迎会ってことで!」菜乃花がノリノリで言う。

え、ちょ、ま。私は完全に話から置いていかれている。断れる雰囲気じゃないことは痛いほどわかる。

「色ちゃん、いこ!」

菜乃花がキラキラした目で私を見ながらノリノリで言う。私は流れを振りきれず「うん」と言うしかなかった。


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