第4話 部活(1)

「珍しいね、色が車で行きたいだなんて」

「別に…今日はそう言う気分だったの」

私はお母さんの指摘を適当に流す。お母さん世代の渋い曲選に聞き飽き、私は後部座席から窓の外を眺める。住宅が左から右に次々と流れていく。高校生になってからほとんど車に乗らなかったせいか、窓から見える情景に懐かしさを感じる。

昨日、盗撮されて色々大変だったから今日は車で行きたい。そう言った方がいいのかもしれないが、そんな勇気は私にはないことを、私が一番知っている。お母さんは心配性な性格だから、もし言ってしまったら余計な心配までさせてしまう。面倒ごとはあまり起こしたくなかった。

信号機が赤色になり、お母さんは車を十字路の手前でゆっくりと止める。車の前を会社員や小学生が横断する。

ここだ。私は昨日青年と遭遇したあの場所を見る。もちろん、そこに青年はいない。しかし、昨日のことがまるでついさっき起きたのではないかと思えるくらいに、私の目には私と、カメラを持つ青年の姿が映し出される。

唐突に、昨日のことは考えすぎなのではないかと感じた。確かに写真は撮られたが、何かの事故だったのではないか、と。パニックになった頭が勝手に被害妄想を広げただけだったのでないか、と。そう考えると、なんだか全部馬鹿馬鹿しくなってくる。

信号が青になり、お母さんの車が動き出す。お母さんは何かを察したのか、バックミラー越しに私をチラリと見る。私は気づかないふりをし、反対の窓の景色を見る。お母さんは何も言わず視線を前に向け直す。お母さんが運転する車は居心地がいい。


「ありがと」

私はそう言って車のドアをあけ、外に出る。生暖かい風が吹き、私は目を細める。お母さんが運転席から私を見上げている。

「どういたしまして。学校楽しみなよ」

私は仕事に向かうお母さんを見送る。車が見えなくなったところで、私は回れ右をして、校門に向かって歩き始める。

周りの生徒がおしゃべりをする中、私はすっかり緑色に染まった桜の木をみる。すると、急に肩が重くなる。暖かい、誰かの手の感触がする。

「だーれだ」

「おはよ、美香」

私がそう言って後ろを振り向くと、美香が「せいかーい」と笑顔で言う。いーや、昨日のこと考えるの。私は自然にそう思う。

「今日は早いね」

「車で来たんだ。歩きたくなかったから」

「そーなの?お疲れですか?」

「まあ、そんなとこかな」

「んじゃ、今日の授業は私と一緒に寝よう!」

「そーしようかな」

私がそう言うと、美香がドヤ顔で親指を立てグットポーズをとり、へへへと笑う。


「そういえば菜乃花は?一緒じゃないの?」

教室に入ったタイミングで私は美香に聞く。美香と菜乃花は家が近く、よく小学校から二人で一緒に学校に来ている。小学生の頃まではよく、私も二人の近くに住んで、一緒に学校行きたいとかよく思っていた。

「なんか写真コンテストに向けて朝から部活やってるみたいだよ。少し遠くの景色撮りに行くんだって。朝7時からだってよ!」

「え、そうなんだ」

菜乃花は朝から大変だな。私はそんなことを思いながら、教科書を机の中に入れる。写真部って意外とアウトドアなのかな。私は昨日菜乃花に言われたことを思い出す。

「おはよ〜」

急に、後ろから菜乃花の声が聞こえてくる。

「おはよ、なの…」

か?私は目の前にいる菜乃花の顔を見て唖然とする。菜乃花は眠そうな目で、というか立ったまま寝ているのではないかというくらい細い目をしている。菜乃花の頭が左右に、ゆら、ゆら、と揺れている。

「だ、大丈夫?菜乃花」

「大丈夫〜、色ちゃんありがとう」

「菜乃花、し、死ぬな!」

「大丈夫だよ〜、美香ちゃん」

菜乃花はそう言うと、近くにあった椅子に座る。はあ、と息を吐き菜乃花はすーすーと居眠りを始める。

「お疲れだね、菜乃花」

「ホームルームまで寝させてあげよ」

美香はそう言って、ふふと笑う。私も口角を少し上げる。

「あ、そう言えばさ、」

「ん、どしたん?色」

「部活の入部届の紙って誰から貰えばいいんだっけ?」

「え、色部活に入るの?」

「うん…写真部に」

「写真部!!」

急に菜乃花が椅子から立ち上がる。ガタンという音が教室に響く。教室にいる生徒の目線が一斉に私たちの方を見る。が、菜乃花は気にせず私に近寄る。

「色ちゃん、写真部入るの!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る