第2話 盗撮(2)

「んあー、やっと授業全部終わったー!」

隣を歩く美香が腕を後ろで組んで真上に伸ばす。その様子を、そのまた隣の菜乃花が見上げている。私も伸ばそうかと思ったが、両手で教科書を抱えていたので、仕方なく背中を軽く反る。授業中の猫背のせいか、少しだけ痛い。

「美香、ほとんど寝てたじゃん」

「いや起きてたよ!」

「美香ちゃん、授業の半分は寝てたね」

「仕方ないじゃん!マッツー早口でお経にしか聞こえないんだもん!」

美香が言うマッツーとは歴史を担当している松川先生のニックネームである。(美香が勝手に呼んでいるだけなのだが。)いつも怖そうな顔をしているが、実は喋ることが好きな人で、よく自分の家族の話を聞かせてくれる。子供がどうとか、奥さんがどうとか。美香や菜乃花はそんな先生が面白いのか、よく休み時間に話しかけに行っている。その都度、先生に「早く次の授業にいきなさい」と言われているが。(ちなみに、松川先生は少し嬉しそうである)

踊り場や階段の壁に貼ってあるポスターを横目で見ながら、私たちは2階に降りる。少しだけ遠い私たちの教室に入ると、中は大きなエアコンによってそれはそれは涼しくなっていた。

私は自分のロッカーにさっきまで使っていた歴史の教科書とノートを置き、自分の席に座る。自然に「はあ」と息をはく。

疲れた。早く家に帰りたい。

「今日も一日お疲れ様でした〜」

声がした方に顔を向ける。美香がこっちにスマホのカメラを向けている。ピロン、と動画撮影を止める音が聞こえる。美香がニヤニヤと私を見ている。

「またやったなー」

「マネジメントする人の写真、動画は常に撮らないと!」

「美香ちゃん、本物のマネージャーみたい」

「でしょ!将来芸能人のマネージャーなろうかな!」

「その前に盗撮で捕まるよ」

「しないわ!!」

美香が勢いよく突っ込むと、少しの間の後、三人でクスクスと笑いあう。


先生からの連絡事項が終わり、日直が号令を言うと、教室の中が一気に騒がしくなる。

「美香と菜乃花はこれから部活?」

「そうだね、今日は隣町の体育館で練習。菜乃花は?」

「私はもうちょっとで写真のコンテストがあるから、今日は好きなところに行って写真撮って学校に帰る、てかんじだと思う。」

美香はバスケ部、菜乃花は写真部に入っている。二人とも放課後は部活をする中、私はまっすぐ家に帰る。最初は私も何か部活に入ろうかと思っていたが、先輩と関わるのはめんどくいさいし、帰りが遅くなるのも嫌だし、結局、部活には入らず帰宅部を選択した。高校生にもなって部活に入らないのは私だけかと思っていたが、案外、私以外にも帰宅部の人はかなりいる。

「色もなんか部活入ったら〜?先生にも言われてんでしょ〜」

後ろを歩く美香が私の両肩に両手を 置いて、まるで子供のおねだりのように言う。

一学期のはじめ、担任の藤山先生との面談の時に「部活に入らないか」と訊かれた。先生曰く、大学に行くなら、部活には入っておいたほうがいいらしい。

「気が向いたら入るよ。進路とかも特に決めてないし」

「運動がダメなら、菜乃花のとこは?ほぼ自由だし」

私は菜乃花の顔を見る。菜乃花は手をいいねボタンみたいにして「ぜひ!」と顔に書いてある。菜乃花が見せる天然ぶりは、見ていてとても可愛い。

「んー、そうだね、考えとく」

私がそう言うと、菜乃花は「色ちゃん、待ってるよ!」といつもは見せないような勢いのある声で言う。いつもとのギャップが、とても可愛い。


「んじゃ、二人とも頑張ってね」

二人に見送られながら私は校舎を出る。夕日の光が空に広がって、滲んだオレンジ色の絵の具のように見える。

私は西門に向かって歩き始める。周りから野球部の掛け声や、吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。みんな、頑張ってるんだな。


「あー疲れたー」

私は歩道を歩きながら、コンビニで買ったスイカバーを口に運ぶ。口の中にみずみずしいスイカの味が広がる。春でもスイカバーが売っていることを初めて知った。

私の横をランドセルをしょった小学生2人が走り去る。私は前を走る小学生を見つめる。

いーなー小学生。私も小学生になれないかな。

そうなことを考えながらアイスを口に運び、十字路の横断歩道の前で足を止める。信号が青になる。私は歩き出そうと足を前に出す。


カシャ。


突然、カメラのシャッター音が響く。私は足を止め、音がした方向に目をやる。私から4、5メートル離れた場所に、私の通っている高校の制服を着た青年が、私に一眼レフのレンズを向けている。

え、撮られた?

私はそのことを理解するのに、少し遅れる。


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