第1話 盗撮(1)

さっきまで見えなかった視界がゆっくりと広がる。目のぼやけが消え、天井の斑点模様がはっきりと見える。窓の外から陽光がカーテン越しに部屋の中に入っている。私は朝が来たことを理解し、だるい体をゆっくりと起こす。そして、理由もなくため息をつく。

外から小学生のはしゃぐ声が聞こえる。

朝なんか来なければいいのに。そんなことを考えながらベッドから足を出し、立ち上がり、部屋を出る。4月が終わるというのに、朝はまだ寒い。


洗面所で顔を洗い、歯磨きをして、部屋に戻って、地味な制服の裾に腕を通し、スカートのチャックを占め、私は椅子の上に置いていたスクールバッグを肩に掛ける。教科書の入ったバッグはずっしりと重い。部屋の隅にある大きな鏡の前に私は立ち、自分の姿を確認する。寝癖がないショートカット。制服の乱れはなし。よし。バッグを肩にかけ直そうと私は軽くジャンプする。バッグに付けているイルカのキーホルダーがカラカラと音を鳴らす。

ブブ。通知でスマホが振動する。私はポケットからスマホを取り出し、現在時刻を確認する。

「あ、やば」

いつもより少しだけ時間が進んでいる。私はスマホをポケットにしまって、早歩きで部屋を出る。

玄関で靴を履いてドアを開けようと前に足を進めると、何かを踏む感触がする。私は目線を下に向ける。靴紐がほどけている。あぁ、めんどくさい。私は腰を下ろし、ほどけている靴紐を結ぶ。すると、後ろから頭をこつんと何かで叩かれる。

「忘れ物」

穏やかな声が後ろから聞こえる。振り返るとお母さんがお弁当用のバッグを手に持っている。私は「ありがと」と簡素に言ってお母さんからそれを受け取る。すると、聞きたくない声がお母さんの後ろから弾丸のように飛んでくる。

「あ!いってらっしゃい!お姉ちゃん!」

弟の春弥(しゅんや)が青色の車椅子に乗った状態で手を大きく振っている。私は見えなかったふりをして、立ち上がり、玄関のドアを開ける。

「いってきます」

私は後ろを振り向かずにそう言って、玄関のドアを閉める。


「あ、色(しき)!おはよ!」

「おはよう、色ちゃん」

教室に入ると、幼馴染の美香(みか)と菜乃花が椅子に座っている。私はすかさず、「おはよ!!」と二人に返して、二人のところへ行く。

美香と菜乃花は小学生の頃からの友達で、いわゆる腐れ縁というやつだ。昔から3人でよく話して、遊んで。学校ではほとんどの時間、この二人と一緒に行動する。

私は二人に囲まれた自分の席に座り、肩にかけていたスクールバッグを机のフックにかける。美香が私の前の席の椅子に座り直し、私の机の上に腕を置く。

「色、今日遅いね。寝坊した?」

「ちょっとね、制服着るのに手間取ってた」

「珍しいね、色ちゃんいつも来るの早いのに」

「んね!休むんかなって思ってた」

「流石に休まないよ」

私が笑いながらそう言うと、「んじゃ台風で休校でも学校来てね!」と美香がふざけて言う。私がすぐさま「いやだよ」とツッコムと、菜乃花が「ふふふ」と笑う。和やかな空気感のおかげで、体のだるさが抜けていく。

パシャ。急にカメラのシャッター音が鳴る。美香が私にスマホのカメラレンズを向けている。

「え、ちよ、何撮ってんの!?」

「遅刻記念日!色の!」

「私にもその写真ちょうだい」菜乃花が美香に言う。

「いいよ!」

「盗撮は犯罪だよ!」

「大丈夫!私あなたのマネージャーだから!!」美香が右手でピースする。

「なんだそれ!」

私がそう言うと美香と菜乃花がクスクスと笑う。まあ、いっか。

少しすると担任の藤山先生が教室に入ってくる。クラスの生徒が自分の席に座り始める。美香と菜乃花も自分の席に戻る。日直の掛け声と共に、朝のクラスルームが始まる。





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