第28話 邂逅

――オマエ、中坊だろ? こんな時間にこんなトコでなにやってんだ?

――…アンタ、なに? 関係ねーだろ。

――人に向かって『なに?』って言い方があるかよ。せめて『誰』だろ。

――だから、関係ねーし。


 話しかけられた少年は、話しかけた少年を無視し、ゲームを続けた。

 ボタンを押してクレーンを操り、巧みに景品のぬいぐるみのタグに引っかけて落とし口に落とす。

 あるいは腕を曲げたポーズのぬいぐるみの脇の下にアームの先を差し入れたり、ネクタイやリボンなどひっかけやすい部分を狙ったりして、ほぼ1回でひとつの景品を手に入れいていた。


――……オマエ、すげーな。さっきから百発百中じゃん。

――うるさい。黙れ。気が散る。


 話しかけられた少年の乱暴な口調に、話しかけた少年は不満そうに口を尖らせたが、大人しく口を噤んだ。

 投入した500円を使い切ると少年は別の台に移動し、前の台とは異なったタイプのアームを操作し始めた。

 こちらはさっきより落とし口が狭くなっているのでさすがに1回でひとつとはいかなかったが、それでもかなり効率的に景品を落としている。


――……ヤベ、店長だ。


 まっすぐこちらに歩み寄ってくる店員の姿に、口を噤んでいた少年は慌てて隠れようとしたが、彼を黙らせた少年は、動じずそのままゲームを続けた。


――君たちまだいたのか? 帰りなさいって言っただろ。

――高校生なら夜10時までオッケーなんすよね? オレ、高1です。

――だから、身分証明書を見せなさいって何度も言ってるだろう? 毎回まいかい、忘れただなんてとても信じられない。本当は中学生だから見せられないだけだろう。


 苦々しい表情と苛立たし気な口調で、店長は言った。


――……なんだよ。アンタも中坊なんじゃん。


 店長とのやり取りを聞いて、ゲームを続けていた少年が言った。ちょうど、クレジットを使い切ったタイミングだ。


――悪いが、君たちふたりとも今後出入り禁止にさせてもらうよ。再三の注意を無視したんだから、次に来たら保護者か学校に連絡する。

――だから、オレは高校生だって――。

――あくまで言い張るなら、次は必ず学生証を持ってきなさい。それだったら……。


 途中で、店長は言いよどんだ。

 そして踵を返し、立ち去り際にぼそりと呟く。


――どっちみち、歓迎はできんがな…。


――なんだよあのクソ店長。ムカつく。

――…俺は取りまくってるから分かるけど、アンタはなんで目を付けられたんだ?

 

 年下の少年の問いに、もうひとりの少年は大袈裟に溜め息をついた。


――オレ、見る専門だから、店にとっては客じゃねえんだ。だって、ゲームなんかに使う金、持ってねーし。

――…俺も似たようなもん。景品が取れるゲームなら景品の使い道がいろいろとあるからやってっけど、ただ遊ぶのに使う金なんて…。


 年上の少年は、年下の少年を頭のてっぺんから足のつま先まで眺め、やや考えてから口を開く。


――オマエもなんかわけアリなのか? まあ、中坊がこんな時間にこんなトコにいるって時点で、何もないワケないけど。

――オマエって呼ぶな。


 相手の質問に答える代わりに、帰り支度をしながら――支度と言っても、今日の戦利品を持ってきた袋に入れるだけだが――年下の少年は言った。


――名前が分かんなきゃ、他に呼びようがねーじゃん。オレはリョウだ。

――……ケン。


 少年ふたりは、揃ってゲームセンターを出た。時刻は、夜10時に近い。

 ゲームセンターは駅から遠くないものの、その駅が周囲にほぼ何もない無人駅なので、辺りは闇に包まれている。

 店舗も無いわけではないが、交通量の割に道路が広く、一つひとつの店が大きく隣の店と離れているので、ぽつりぽつりと立っている街路灯の弱い光以外にほとんど灯りは見えない。


――あそこも出禁になっちまったから、次どうする? ボウリングでも見に行くか?

――なんで一緒に行くみたいな話になってんだよ。

――独りで他人のボウリング見ててもつまんねーじゃん。ゲームならまあ、うまいヤツの見るのはそれなりに面白いケド。

――……あそこのコト言ってんなら、俺はもう出禁になってる。


 ゲームセンターの近くにあるボウリング場をちらりと見遣って、ケンは言った。


――なんだよ。じゃあケンは、大分前からヤカンハイカイしてたのか? まだ中1くらいにしか見えねーけど。


 リョウの問いにケンは答えなかった。

 ただ、俯きがちに歩き続ける。


――……オレは2年前におフクロが再婚してから、家にいられなくなった。

 新しいオヤジが酔っぱらうとすぐオレのこと殴るし、最近じゃ、酔ってなくても機嫌が悪いと八つ当たりで殴る。

――俺も…2年前にオヤジが再婚して、家に居づらくなった。

 オヤジの後妻が俺と仲良くなろうとして気を遣ってくれるんだけど、かえってウザイって言うか、愛想よくしねーと不機嫌扱いされて面倒くせーって言うか…。


 先にリョウが自分の家庭の事情を話すと、ケンもそれに応じた。

 2年前に片親が再婚して家に居場所を失ったことが、ふたりの共通点だった。


 暫くの間、ふたりの少年は黙って歩き続けた。

 駅に着いてから帰る方向が逆だと分かり、ふたりはそこで別れることになった。が、ケンの乗る列車が来るまでまだ暫く時間があり、リョウのそれは大分、後になる。


――あのさ、あのゲーセンの店長、月曜は休みでいねーんだ。だから月曜なら出禁とか言われずに入れんじゃねえかな。

――でももう、十分取ったし。


 景品を入れた袋を見遣って、ケンは言った。


――そう言や、ケンってぬいぐるみとか好きなんか?

――まさか。女子じゃあるまいし。

――じゃあ、なんでそんなに取ったんだよ。ぬいぐるみ以外はチョコとか、女子の好きそうなもんばっかじゃん。

――だからさ。


 口元に微かに笑いを浮かべ、ケンは言った。

 その答えに、リョウは意外そうな表情を浮かべる。


――え? カノジョいんの?

――いねーよ。そーゆーの面倒くせえし。

――じゃ、なんで? 使い道がいろいろとあるとか言ってたケド。


 ケンは視線を逸らし、前方の闇に視線を向けた。


――……クラスの男子に、こっそり渡してやるんだ。

 そうするとそいつは自分のカノジョって言うか、気になってる女子に『自分で取った』ってウソついてカッコつける。

 そうやって仲を取り持ってやると、見返りにそいつの家でゲームやらせてくれたり、晩飯を喰わせてもらえたりする。

 クラスの男子だけじゃなくて、先輩にも同じ手が使える。

 ガラの悪い先輩に恩売っとくとイジメやカツアゲから守ってもらえるし、成績の良い先輩だとテストの過去問がもらえてトクする。

――……スゲェな、つくづく。それで楽して良い成績取ってんのか?


 心底、感心したようにリョウが言うと、ケンは相手に視線を戻し、笑って頷いた。


――自分だけじゃなくて、同じ学年で欲しがるヤツがいたら、それなりの値段で売ってやる。

――マジ? タダで貰っといて金取んのかよ。

――タダじゃねーし。ゲーム代と交通費がかかってる。あのレベルまで腕を上げるのにも、結構使ったし。


 確かに、と、リョウは呟いた。

 自分と同類の、家に居場所のない仲間だと思って声を掛けたが、ケンには自分にはない「何か」があると思った。

 そして、その手の人間とは親しくしておいたほうが何かと役立つのだと、本能的に理解していた。


 ***


 夕方になって、謙太は朱里から電話を受けた。


『午前中にお話しした曲の件ですけど、≪インフィニティ・サン≫のファンの同僚に聴いてもらいました』

「それで、いかがでしたか?」


 本心では期待していなかったが、とりあえず謙太は聞いた。


『≪インフィニティ・サン≫の曲に似ていると言われれば似ている気がするけど、よく分からない、だそうです。「ただ、歌詞の傾向はだいぶ違う」って言ってました』

「…なるほど」


 期待していなかったので失望もせず、謙太は言った。


『それで私、思ったんですけど、KENは≪インフィニティ・サン≫の未発表曲の主旋律はコピーしたかもしれないんですけど、歌詞はほとんど作り直したんじゃないでしょうか。

 それに編曲はいつもTAKUや翔たちがやってるので、作った本人以外には、コピーだと分からない仕上がりになったんじゃないかって』


「≪インフィニティ・サン≫では、いつも涼さんが作曲担当なんですか?」


 頭の中で、第4の仮説で想像したシーンを思い浮かべながら、謙太は聞いた。


(この仮説が合ってれば星野さんに取っては悲しい結末になるけど、KENが仲間を裏切って金持ちマダムの愛人になったっていうムカツク展開に比べれば、まだマシだろう…)


『それも同僚に聞いて教えてもらいましたが、キーボードの涼がいつもひとりで作曲を担当していて、作詞については特に誰って固定せずメンバーの誰かが作るそうです』 


「であれば、仮にKENさんが≪インフィニティ・サン≫の曲を盗んだのであれば、作曲した涼さんが一番怒ることになりますね」 


『はい。それで私、今回の盗作疑惑のある試作品プロトタイプの歌詞に、KENの行方を探す鍵が隠されているんじゃないかって思って、午後はずっとその可能性を調べてました』


(えっ…歌詞に? 何で?)


 歌詞に失踪の鍵が隠されているという朱里の推測は余りに唐突で、謙太は正直、面食らった。


 それに、朱里がどうして自分に目をつけ尾行したのか、その理由も気になる。が、さすがに電話で聞きただすのは控えた。

 朱里がKENの婚約者だという話が真実であったとしても、プロダクションや他のバンドメンバーには内緒にしていると言っていたのだから、謙太がKENの行方を探している探偵だと知っていることには説明が必要だ。

 だから聞くこと自体は問題ないだろうが、相手の反応を見ながらこちらの言葉を選ぶのは、電話では無理だ。


 ただでさえKENの身を案じて憔悴するほど思いつめているのだから、きっと神経をはりつめていることだろう。

 不用意な質問でこちらに対する信頼を失ったら、協力を打ち切られてしまいかねない。


 制約の多い捜索で思いがけず得られた協力者なのだから、ここで失うわけにはいかないのだ。


「ええと、それは…。KENさんが自分の意志で姿を消していて、新曲の歌詞にその理由について織り交ぜた…ということでしょうか?」

『そうであれば……そのほうが、よかったんですけど…』


 沈んだ声で、朱里は言った。

 電話越しでも、朱里の表情が悲しみで曇るのが直接、見ているかのようにはっきりと分かる。


「……星野さん? あの…大丈夫ですか?」 


 そのまま黙り込んでしまった相手に、謙太は呼びかけた。


『ごめんさない、私……もう……』


 朱里の声は、明らかに震えていた。

 おそらく、泣いているのだろう。


『まだお話しなきゃならないことがあるんです。でも今は……そろそろ夜勤の準備もあるので、明日、必ずまたお電話します』


 言って、朱里は電話を切った。

 謙太は半ば呆然として、スマホの画面を見つめた。



 調査は余り進展していないものの、これ以上、打つべき手が思い浮かばなかったので、謙太は定時で退社することにした。

 TAKUと翔、それに駿の携帯にも電話したが、どちらもそして今回も留守電だったので、折り返し連絡が欲しいというメッセージだけ残す。


 翌朝まで待って、朱里から何らかの情報が得られるのを待つしかないと思いながら帰路についた謙太は、家に向かう途中で突然、思いがけない相手から思いがけない連絡を受けた。

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