第26話 ストーカー

 第4の仮説に自信を持った謙太は、それをさらに裏付ける投稿をチェックしようとして、≪インフィニティ・サン≫のSNSを探した。


 それらしいものはすぐに見つかったが、≪ブリリアント・ノイズ≫ほど売れていないせいか投稿頻度は低く、ライブ出演もさほど多くない為か、ライブとも音楽ともかかわりのない日常的な話題のほうが多かった。


(ライブに参加する前には告知や意気込みを語り、ライブ後には来場者へのお礼。たまにファンからリプがあればリプ返し。

 それ以外はバイト先のまかないや、たまたまどこかで見かけたノラ猫の写真を上げたり、急に楽器の専門的な話をしてみたり、筋トレを始めたと書き込んだのに、話題が続いてなかったり……か)


 まかないメニューに和食と中華が見られるので、2人以上のメンバーがそれぞれのバイト先で撮った写真なのだろうと、謙太は思った。

 それを見てその店に行ってみたいと思わせるような魅力的な写真ではなく、ごく普通のまかないといった感じだ。


 ≪インフィニティ・サン≫のファンですら余り興味を示さなそうな投稿が多いし、≪ブリリアント・ノイズ≫に比べると桁違いにフォロワー数も少なく、全面的に素人くさい。

 ライブ前後を除けば、単なる一般人の日常を切り取っただけのつまらない内容で、複数メンバーで書き込んでいるせいか、話題も文体も統一が取れていない。


(……あれ? これって……)


 1年以上、さかのぼってみると見覚えのあるアパートの外観写真が上がっていて、「後輩の部屋で家飲み」とコメントが付いており、ローテーブルの上にコンビニかスーパーで買ったらしき惣菜と発泡酒の缶がいくつか並んだ写真が添えられている。


 似たようなアパートも似たようなローテーブルも珍しくないだろうが、まず間違いなくTAKUの部屋だ。


(もしかして、星野さんはこれを見てTAKUのアパートを突き止めたのか?

 でも、大手のSNSなら投稿時に自動で位置情報が削除されるはずだし、周囲の建物は写っていない。

 こんなありふれた外見のアパート写真、それも建物の一部だけじゃ――)


 写真の中の「あるもの」に気づき、背筋がゾッとするのを謙太は感じた。


 総菜の値札ラベルの下のほうに、スーパーの店名が入っているのが読み取れたのだ。

 聞いたことのない名前なので、全国に数百店舗もあるような大手チェーン店ではなさそうだ。


(俺が知らないだけで有名スーパーって可能性もあるけど……)


 そう思いながらインターネットで検索すると、1件のスーパーがヒットした。


 独立系スーパー組織のボランタリー・チェーンには属しているようだが、独立系なので〇〇スーパー××店といった名前ではなく、同名のスーパーは日本全国でも1店舗しかない。

 チェーンのロゴも写真に写っているので、そのチェーンに属していることは確かだ。


 近所のスーパーの詳しい所在地が分かれば、一部とは言えアパートの外観も分かっているのだから、後はビュー機能のある地図アプリで付近1,2キロ圏内を探せばよい。

 但しそれで分かるのはアパートまでだし、SNSでは「後輩」としか書いてないのだから、それが誰のことなのかも分からない。


 TAKUのアパートの郵便受けには部屋番号だけで名前の書いてないものが半数近くあったことを、謙太は思い出した。

 となると、それが誰のアパートで、どの部屋に住んでいるのかかまで突き止めるためには、少なくとも数時間はアパート近くで張り込む必要があっただろう。

 相手の生活時間帯が不明であれば、数時間どころか数日かかったかもしれない。


(本当にこうやってTAKUのアパートを突き止めたんなら、これはもうストーカーの手口じゃないか?

 ネットで調べただけならまだしも、張り込みまでしたなら……)


 初めから、朱里がKENの婚約者だという話を謙太はほとんど信じていなかった。


 だがそれにもかかわらず、朱里をストーカーだと決めつけてしまうのは、彼にはなぜか心苦しく感じられた。

 朱里はKENの身を案じて300はある都内の救急病院すべてに電話で問い合わせ、わざわざ夜勤にシフトを変えてもらって昼間を捜索の時間に充て、不在がちなマンションの隣人から話を聞くために通いつめたのだ。


(本物の婚約者だって、ここまでやれるとは限らない。

 確かに俺を尾行したりKENのマンションだけでなくTAKUのアパートもSNSから場所を突き止めたりとか、やってること自体はストーカーそのものだけど、それはあくまで行方不明になったKENを案じての話で、つきまとって交際を迫るような迷惑行為をしていないなら、追っかけが行き過ぎた熱心なファンであって、犯罪とまでは言えな――)


 途中で、何かに躓いたかのように謙太の思考が止まった。


 それから、疑惑が湧いてでる。


(俺をノース・エンタープライズから尾行してたらしいけど、そもそも何でつけたんだ?

 探偵事務所が入っているビルに帰っていったから俺を探偵だと判断したような口ぶりだったけど、それはノース・エンタープライズを出た時点では分からなかったはずだ。

 TAKUのアパートをずっと見張っていて、TAKUの交友関係には余りいなさそうな男が訪ねてきたから、そのままうちの事務所まで後をつけたってことか?

 あのビルには他にも会社がいろいろ入っているからその時点では断定できなかったけど、翌日も事務所から俺をつけて駿のアパートに行ったんで、KENの行方を捜している探偵だと判断した……?)


 2日にわたって尾行されていた話は朱里に初めて会った時に聞かされているが、改めて自分が尾行のターゲットになっていたと考えると、やはり気持ちの良いものではない。


 普段は不倫調査や素行調査で尾行する側だが、尾行される側に回ることなど想像もしていなかったので、全く気付かなかったのだ。


(だけど、KENの行方を捜しているのにTAKUのアパートに張り込むだろうか?

 周りに何も無いような駿のアパートよりは見張りやすいかもしれないけど、TAKUや翔の所だって駅から割と離れてたから長時間座っていられるような店なんか無かったし、車も――いや……車はどうだったかな。付近に車が停まってたかどうかなんて、気にしてなかったし……)


 謙太は自分の迂闊さを悔しく思ったが、それはともかく、KENを探し出したいのにTAKUのアパートをずっと見張るのは不自然だと考えた。


(KENのマンションの場所は知ってたし、隣人に話を聞くために何度か出入りもしている。

 あの周辺も張り込みに使えそうな店が無くてひとりでずっと見張るのは難しいけど、それならTAKUのアパートだって条件は同じだ)


 謙太は水曜の日報と個人メモを読み返し、朱里の言葉をなるべく正確に思い出そうとした。


(確か……火曜に俺がノース・エンタープライズに行ったこと、そのあと翔とTAKUのアパートを訪ねたことを知っていた。

 だったら、見張ってたのはノース・エンタープライズか……)


 TAKUのアパートをひとりで張り込んでいたと考えるよりは、ノース・エンタープライズを見張っていたというほうが可能性は高いだろうと、謙太は思った。

 1階ロビーまでは誰でも出入りできる雑居ビルだし、ソファも置いてあった。ビル内の誰かと待ち合わせているフリをしていれば、そこまで怪しまれないだろう。


(だけど、うちの事務所よりだいぶ大きなビルだし、人の出入りもそれなりにある。だったらあそこを出入りする人間の中で、どうやって俺に目を付けた……?

 それに、KENのマンションだって、どうやって知ったんだ?

 ≪インフィニティ・サン≫と違って≪ブリリアント・ノイズ≫のSNSにはプロダクションのチェックが入っているはずで、住所がバレるような迂闊な投稿はしてないだろうし、俺が見た限りでも危なげな書き込みはなかった)


 謙太の中で、心からKENの身を案じ必死でその行方を探そうとしている朱里に同情する気持ちと、SNSの不注意な投稿からTAKUの住所を割り出し、巧みに探偵の自分を尾行して近づいてきた朱里を気味悪く思う気持ちがせめぎ合った。


(KENのファンなのに、たまたま≪インフィニティ・サン≫の誰かが不用心な投稿を上げてたのを見つけたからって、アパート近くで張り込みまでしてTAKUの住所を突き止めようなんてするものなのか? 

 いや、違うか。『後輩』としか書いてなかったから、KENのアパートかもしれないと思って、手を尽くして調べた。結局、TAKUのアパートだと分かったので、KENの住所はライブの後に尾行して突き止めた。引っ越しの後も同じ手で……)


 だがそれならば、最初からKENの後をつけていれば無駄にTAKUのアパート近くで張り込みなどせずに済んだはずだ。


(最初は尾行なんてしようと思ってなかったけど、SNSで不用心な写真を見つけたのでつい、好奇心でアパートまで探しあてた。ただ、『後輩』ってだけじゃ≪ブリリアント・ノイズ≫のメンバーかどうかすら分からないので、確かめてみたくなってしまった。

 で、TAKUのアパートだと分かったので、それならKENの住んでいる所も知りたい……ってエスカレートして、KENを尾行してしまった…………のかもしれない)


 朱里がどうやってTAKUやKENの住所を突き止めたのか、謙太の頭の中で大体の推測はついた。


 余り誉められた行いでないのは確かだが、尾行やSNSを利用した調査なら自分たちも職業的にやっていることなので、その行動だけで朱里を非難する気にはなれない。


 佐川は、KENや他のメンバーには特に親しいファンはいないはずだと言っていた。ストーカー被害を受けていたなら把握していただろうし、失踪に関係する可能性があるので、そういう事実や疑いがあれば、謙太に伝えていたはずだ。


 つまり、朱里はKENを尾行したかもしれないが、本人に気づかれないようにしていたのでKENがそれを迷惑がっていたわけではないと判断できる。

 SNSを見ても、同じIDからの目立つほど頻繁な書き込みは見られなかった。


(要するに、KENの周辺を探った件については熱心なファンのちょっと行き過ぎた行動の範疇であって、ストーカーとまでは言えない。

 だけど、一体どうやって俺に目を付けたんだか、まるで分からない…………)


 謙太の脳裏に、寒さにこごえる者のように華奢な身体をいだき、KENの失踪をひどく悲しんで彼の身を案ずる朱里の姿が蘇った。


 その頼りなげな姿が朱里に同情してしまう理由のひとつで、朱里がKENの行方を必死で探そうとしている健気さを思うと、彼女をストーカーだと断罪したくない気持ちが湧いてくる。

 だが、KENの捜索をしている探偵が自分だと、朱里がどうやって突き止めたのかが分からず、そこに不気味さや恐ろしさを感じずにもいられない…………。


 謙太は眉をひそめ、深く溜め息をついた。


 朱里がKENの婚約者だと信じても信じなくても、疑惑は付きまとう。


 だがそれでも、朱里が心底KENの身を案じ、その失踪に心を痛めていることだけは真実だと、謙太は疑いなく信じていた。


(もしKENがもう死んでるなら、そのことを知ったら星野さんは、きっとひどく悲しむだろうな。今だってあんなに憔悴しょうすいしているのに…………)


 傷害致死によるKENの死にざまを想像し、それがまるで映画の探偵の活躍たんのようだと思って高揚した気持ちに浸っていた自分に、謙太は苦い嫌悪感を覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る