第24話 第4の仮説

 謙太は事務所に戻り、朱里から聞いた話を日報と自分用のメモにまとめた。


(左側の隣人がKENと涼の怒鳴り合いを聞いたのが先週月曜の昼、右側の隣人がパーティーのように騒がしかったと言ってたのがその日の夜、駿がKENからの電話でバンドを辞めるって聞かされたのが火曜日か……)


 駿の言葉が嘘でなければ、KENは先週火曜までは生きていたことになる――今はもう、死んでいると仮定すればの話だが。


(いや、違うか。KENが涼か駿たちの誰かに殺されてそれを駿たちが隠そうとしているなら、火曜の電話がそもそも嘘ってことになる。

 下手したら、左の隣人が涼の姿を見かけた時には、もうKENは死んでたのかも……)


 謙太はあらためて≪ブリリアント・ノイズ≫のSNSをさかのぼり、彼らが次々と発表した試作品プロトタイプに対するファンの感想や評価を確認した。

 ひと月前のライブで発表された3曲、その翌週のライブで披露された1曲ともに、好意的な意見を寄せているファンは殆どいなかった。


――とにかく歌詞が酷い それに曲も今までのブリリアント・ノイズのクオリティじゃない

――プロトタイプって言ってたから、曲はまあ今後に期待 でもあの歌詞はナイ

――演奏が良かったから曲は聞けたと思うけど、歌詞はな……

――抽象的な歌詞ならぜんぜんアリだけど、あれはただ無意味な単語ならべただけ


(ここまで酷評されると、かえってどんな曲だか聞きたくなるな……)


 ファンの評価は散々なものだったが、それでもKENはめげずに返信していた。


――今、いろいろと新しいことに挑戦中なんだ 完成度はまだまだだけど、みんなに喜んでもらえるものになるよう、頑張るから応援ヨロシク


 そしてその翌週、つまり先々週のライブで披露された試作品プロトタイプに対しては、肯定的なメッセージが多く寄せられている。


――今回のプロトタイプは良かった あれならプロトタイプでなく、新曲のクオリティー

――歌詞はまだちょっと抽象的だったかな でもあれくらいなら想像力をかきたてられるから、むしろ好き

――ベースのソロパートも良かった ベースのソロってあんまり聞かないから新鮮

――何となく今までと方向性が違う気はするけど、これはこれでアリ


(方向性が違う……か。

 やっぱり≪インフィニティ・サン≫の盗作なのか……?)


 謙太はその点が気になって、他にも何らかの違いや違和感についての意見や感想はないかと探したが、その手の書き込みは他に見当たらなかった。


(実際に曲を聴いてみないとなんとも言えないけど、最初の4曲と次の1曲でここまでファンの評価が変わってるんだから、5つめの試作品プロトタイプもKENがひとりで作ったって可能性は低いだろう。

 KENの曲があまりに不評なんで、実際には他の3人で作った曲を名前だけKENの作詞作曲ってことにしたのかと昨日は思ったけど、曲作りに行き詰ったKENが、苦肉の策で先輩バンドの未発表曲を盗んだ可能性が出てきたな)


 これが第4の仮説だと心中で呟き、気持ちが高揚するのを謙太は自覚した。


 第1の仮説同様、KENが殺されていることを想定しているので不謹慎ではあるが、恩ある先輩たちの曲を盗むという酷い裏切り行為が事件の背景にあるなどと、映画に出てくる探偵の推理劇のようで、ワクワクする気持ちをどうにも抑えられなかったのだ。

 高揚する気持ちを抱きながら、仮説について内心で検証する。


 KENはどうやって≪インフィニティ・サン≫の未発表曲を知ることができたのか?


 彼らは元々親しい間柄だし、涼は引っ越したばかりのKENのマンションを知ってたくらいだから、ずっと交流はあったのだろう。

 それならば涼がKENを信用して、新曲を聞かせた可能性はある。


 涼がKENを殺したのだとしたら、駿たちはいつ、そのことを知ったのか?


 月曜の昼、激しく口論した時に殺してしまったとして、一旦は逃げたもののマンションの防犯カメラに写っていればすぐに容疑者として捕まってしまう。

 それで駿たちに事情を話し、KENが火曜までは生きていて自分の意志で失踪したのだとプロダクションにも思わせるように、口裏を合わせた。


 だが駿たちがKENの殺害に関与していないなら、そこまでして涼をかばうだろうか? という疑問が湧いた。


(KENが≪インフィニティ・サン≫の曲を盗み、それが争いの原因になったなら心情的に涼を庇いたくはなるだろうけど、嘘までついて口裏を合わせたなら、幇助ほうじょの罪に問われる。

 いくら世話になった先輩だからって、そこまでするだろうか……?)


 それは駿たちがどこまで涼の世話になって、どの程度の恩を感じ、どのくらい親しくしていたかによるだろうと、謙太は考えた。


 だがそこで、別の考えが浮かぶ。


(もしかしたら、『盗作のことをバラされたくなかったら、協力しろ』って涼に脅された可能性もあるか……?

 駿たちもあの曲が≪インフィニティ・サン≫の曲だって気づいていながら自分たちの曲のフリしてライブで流したって決めつけられて、盗作の共犯者呼ばわりされたとしたら……)


 むしろそのほうが可能性が高いと、謙太は思った。


(KENがいなくなればどのみち≪ブリリアント・ノイズ≫は終わりだろうけど、他のメンバーは別のバンドで音楽を続けられる可能性はある。

 久保さんが言ってたように、ボーカルだけ変わって存続したバンドだってないわけじゃない。

 それは難しくても、バラバラに別々のバンドに入れてもらうなり、新しくメンバーを集めるなり、やりようはあるはずだ)


 だがもし≪ブリリアント・ノイズ≫が≪インフィニティ・サン≫の未発表曲を盗んで自分たちの曲としてライブで披露したとバラされれば、その悪名は一生ついて回るかもしれないのだ。


 何より、スキャンダルは拡散しやすい。


 他のメンバーは問題の曲が≪インフィニティ・サン≫からの盗作だなどど全く気付かなかったとしても、ネットで共犯だと叩かれれば、それが「真実」になってしまう。

 それに、あの曲を作ったのが他の3人でないなら、それまでの4曲との差が明らかなのだから、≪インフィニティ・サン≫の作品だと気づかなかったにしろ、何の疑問も抱かなかったとは考え難い。


(音楽性を巡る意見の対立や、KENが作ってもいない曲をKENの名義にすることに腹を立てて言い争った挙句に死なせてしまったという第1の仮説より、そういう不満の素地がある上にKENが盗作までやらかして、駿たちのKENに対する怒りが爆発した状況で事件が起きたって考えたほうが、説得力があるな)


 もしかしたら涼は、まずKENのマンションに怒鳴りこんで、例の曲が≪インフィニティ・サン≫の未発表曲だったと公表し、ファンの前で謝罪することを求めたのかもしれないと、謙太は考えた。


(でもKENは盗作を認めなかったか、盗作は認めたものの今更、取り消せないって開き直ったせいで話し合いがつかなくて、涼が他の3人をKENのマンションに呼んで改めて話し合おうとした可能性もある)



――はァ? こんな時間に大勢で人んちに押しかけて、吊るし上げっすか?

――なに開き直ってんだ、この盗人野郎……!

――涼先輩に謝れ、KEN。自分で作ったなんて言っておれらまで騙しやがって。

――お前まで言いがかりつけんのかよ。どっちの味方なんだか……。

――おかしいとは思ってたんだ。そもそもお前ひとりであんな曲、作れるハズがない。楽器もなにもできないクセに、AI使って作ったなんてもっともらしい嘘つきやがって。

――ほーへー、そうですか。最初っから分かってらっしゃったと。だったらお前らだって盗作の共犯じゃねえか。

――そこまで見苦しく開き直って、恥ずかしくねえのか?

――はいはい、恥ずかしいですよー。俺のこと楽器ができないって散々バカにしてるけど、お前らこそ楽器しかできねぇじゃねーか。そんな無能なお前らとバンドなんか組んで、一緒に上京なんてしてきた自分の選択が恥ずかしいぜ。

――んだと、このっ……!



 言い争いから殴り合いになる5人の若者の姿が、まるで実際に見たかのように鮮やかに謙太の脳裏に浮かんだ。


 4人の姿を見た時点で彼らが自分を非難しにきたのだと察知し、罪悪感をごまかそうと大音量で音楽を流すKENの不貞腐ふてくされた表情まで、映画のクローズアップのようにはっきり見える。

 翔は止めようとしたが、怒りに火のついた4人はどうしようもなく、なすすべもなくオロオロと見守る。


(……いや、違うか。

 翔は無口なタイプらしいけど、普段おとなしいヤツほどキレると豹変するからな。

 むしろ口で攻撃できない分、余計に手が出るかも……)


 大音量で流れる音楽に、怒号や罵声、殴り合いの重い音が混じる。


 4対1ではKENが相手にかなうはずもなく、すぐに床にうずくまるが、いきどおりが極限に達した4人は攻撃の手を緩めようとはしない。


 執拗に相手を蹴り、罵り、再び蹴る。


 KENが全く動かなくなってからも、暫く暴行は続いた。興奮のあまり、全く見境がなくなっていたのだ。


――おい、ちょっと待て。


 最初に我に返ったのは、おそらく彼らの中で最も冷静な駿だろう。


――KENのヤツ、全然動いてねぇ……。


 4人は攻撃を止め、フローリングの床の上で胎児のように身体を丸めたままピクリとも動かないKENの姿を見下ろす。


 暫くためらってから、駿が恐るおそるKENの身体を仰向けにし、呼吸と脈を確かめる。


――死んでる…………。



(この仮説なら完璧だ)


 思わず口元に笑みが浮かぶのを、謙太は止められなかった。

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