第4話 マネージャーの話(2)

「まあ、揉めたことは確かだけど、最終的にはKENが他の3人を説得してデビューが決まったんだ。

 作曲分の著作権印税については一旦、KENが取るけど、そのあとメンバー間で分けるとか何とか話が決まったんじゃないかな」


 ただ、と佐川は続ける。


「駿は最後まで不満そうだったな。元々、駿とKENは音楽の方向性だなんだで意見が分かれてたし…」


 言って、佐川は溜め息をついた。

 謙太は、黙って相手が続けるのを待つ。


「でもまあ、≪ブリリアント・ノイズ≫についてはうちの社長が本気で力を入れてるし、メジャー側の感触もかなりいい。

 メジャーデビューでブレイクする可能性は、高いだろうな」

「それは凄いですね…。

 要するに、≪ブリリアント・ノイズ≫はそれだけ有望ということでしょうか」


 謙太の素朴な問いに、佐川はニヤリと笑う。


「メンバー紹介がまだだったな」


 言って、佐川はテーブルの上にずっと置いてあった封筒を手に取り、中からA4サイズの写真を取り出した。

 写真の下半分はライブ中に撮ったような演奏中らしきバンドの姿、上半分には4人の若者の顔のアップが映っている。


 それぞれの顔の下に名前と担当が印字されているが、それを見なくともどれがKENなのかは一目瞭然だった。


 明らかに、他の3人とは違う。


 単にルックスが良いだけでなく、スターのオーラのような何かが感じられる。

 KENが一番人気だと言っていた北原の言葉がもっともだと思えた。

 


「他のメンバーの方々にもお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」


 謙太の言葉に、佐川は頷いた。


「探偵事務所の人が話を聞きに行くだろうって、あらかじめ伝えてあるから。これ、電話番号。住所も要る?」

「お願いします。直接会ってお話を伺いたいので」


 謙太の言葉に、佐川はやや心配そうに眉を顰める。


「メンバーに直接会いに行くのはいいけど、探偵が調査に来たなんて絶対に近所に知られないように気を付けてよ。

 KENの住所も一応渡しとくけど、張り込みとかするんならそれも絶対バレないように」


(事情は分かるけど、聞き込みも張り込みも制限かけられるのは、かなりキツイ…)


「承知しております。その点は最優先で調査を進めますので、ご安心ください」


 内心の愚痴とは裏腹に、自信ありげな表情を浮かべて謙太は言った。

 それから、と言葉を続ける。


「もう一点、メジャーデビューについてお伺いしたいのですが、これは御社にとっても歓迎すべき事態、という認識で間違いないでしょうか」

「そりゃそうだ。そもそもコネを使ってメジャーのスカウトに売り込んだのは、うちの社長だし」

「大手に移る、ということは、御社から離れて移籍することになりませんか?」


 謙太の問いに、佐川は首を横に振った。


「うちはレーベルじゃなくてプロダクションだからね。

 アーティストのマネジメントが仕事で、CDは資本提携しているレーベルで作ってる。

 そのレーベルをインディーズからメジャーに移るだけだから、うちとの契約は変わらない」


 そこで佐川は、再びニヤリと笑った。


「何しろ3年契約で、それ以前にうちから離れたら違約金を払う契約だからね。

 離れられるわけがない」


(契約を巡るトラブルの可能性もありかな。

 でも事務所と揉めたのが失踪原因なら、さすがに事務所から探してくれとは言わないか…)


 内心で考えを巡らせながら、謙太は質問を続けた。


「御社の収益とメジャーデビューは、どのように関連するのでしょうか?」

「うちは包括的なマネジメント料をもらう契約になってる。

 で、大手の宣伝が効いてブレイクしたらライブの売り上げなんかも桁違いになって、うちの利益も爆上がり…っていうのが社長の目算。

 それにKENはテレビにも出たがってるから、実現すれば出演料も入ってくるな」

「テレビ…ですか」


 やや意外に思い、謙太は聞いた。


「最近はライブのみで、テレビには出ないアーティストも少なくないように思いますが」

「そう。昔からそういうアーティストはいたけど、最近はSNSとかが流行ってるからね。

 だからメジャーデビューなんて無意味。自分たちで独自レーベルを作るのがベストだって考えのアーティストが増えてきた。

 駿もそういうタイプで、うちと契約するのも嫌がってた」


 でも、と佐川は続ける。


「それはある程度、売れてて自分たちで原盤を作る資金力と、自分たちでプロデュースも営業もできるだけの能力がある場合の話。

 プロデュースや営業能力とアーティストとしての才能って全く別物だから、両方を兼ね備えている人間なんて、滅多にいない。

 それなのにアーティストって大体プライドが高いから――って言うか、単なるポップス演奏家が芸術家アーティストなんて自称する時点でもう――」


 そこまで言って、佐川は口を噤んだ。


 さすがに言い過ぎた、と思ったのだろう。

 仕切り直すように軽く咳払いし、話を続ける。


 「≪ブリリアント・ノイズ≫に取って、うちとの契約は正解だった。うちに入って、社長のプロデュースのおかげで人気が急上昇したんだからね」


 自分の手柄であるかのように自慢げに言いながら、佐川はさっきの封筒から別の写真を取り出した。


「これが、うちと契約した直後の≪ブリリアント・ノイズ≫」


(…え、マジ……?)


 唖然として、謙太は写真を見つめた。まるで別人のようにあか抜けない。


 KENの顔立ちの良さは変わっていないが、オーラなどみじんも感じられない。


「彼ら鳥取の出身でさ。

 いや、俺も東北の出だから地方出身者を差別する気は全くないけど、ライブハウスもろくにない所から出てきたおのぼりさんだったわけだ。

 高校の学園祭ではかなりの人気だったらしいけど、東京じゃ通用しない」

「人って変わるものなんですね…」

「人だけでなく、曲も変わった。と言うより、社長が変えさせた」


 それまでは高音でサビを歌い上げる曲が主だったが、KENは高音が伸びない。


 その弱点を克服するためボイストレーニングを受けさせたが、結局は無理に高音を出すより中程度の音域で歌ったほうがKENの甘い声質を生かせるという結論に達したのだと、佐川は説明した。


「それで音楽の方向性が変わり、衣装やコンセプトが変わり、瞬く間にワンマンでライブハウスを埋められる人気バンドに急成長したってわけだ」


(つまりKENに取っては正解だったけど、駿には面白くなかった、ということか…)


「だから、うちに取っても彼らに取ってもうちとの契約は正解だったはずなんだけど、メジャーデビュー直前でこんなことになるなんて、さすがの北原社長も想定外でさ。

 ったく、近頃の若いもんは何考えてるか分からんよ。なんて言うとこっちがオッサン扱いされるだけだけど…」


 ぼやく佐川に謙太は同情的な微笑を見せたが、謙太自身も「近頃の若いもん」の側なので、それは純粋な愛想笑いだった。



 その後、≪ブリリアント・ノイズ≫のメンバーは全員が同じ高校の出で、高1のときにバンドを結成しプロを目指して一緒に上京してきたこと、アパートやマンションはメンバー個人で借りているのでプロダクション側では合鍵を預かっていないのは勿論、佐川が彼らの住まいを訪ねたこともないなどの話を聞いた。


 話をノートパソコンでまとめながら、謙太は3人のうち、鍵を握っているであろう駿に話を聞くのは最後にしようと心に決めていた。


 それが意外に困難になろうとは、このときの謙太はまだ予想もしていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る