第9話 ドラマーの告白(1)

 ドラマーの駿が住んでいるのは、各駅停車しか停まらない駅からさらにバスで20分。バス停から7、8分歩いた所だった。


 2階建ての見るからに古いアパートで、少なくとも築40年は経っているだろう。

 謙太の実家も同程度の築年数なので古さには驚かないが、周りは畑ばかりでとても都内には思えない。


 建物に近づくと、中からドラムの音が聞こえてきた。


 チャイムもインターホンも無いので木のドアをノックする。

 だが、ドラムの音は止まない。

 ドラムの音でかき消されて聞こえないのだろうと思い、謙太はさらに強くノックした。


 が、それでも音は止まない。


 むしろ、大きくなったようにすら感じる。


「駿さん! 駿さん、いらっしゃいますか? 今日、お話を伺うことになってる新里です!」


 仕方なく、謙太は大声で呼びかけながら拳で思い切りドアを叩いた。


(サラ金の取り立てみたいに見えなきゃいいけど…)


 謙太がやや不安になり始めたとき、ドラムの音がピタリと止んだ。


 だが、中から人が出てくる気配はない。


 さらに30秒ほど待って不安が強まったとき、ようやくドアが開いた。


「木下事務所の新里です。本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」


 いつもどおり微笑を浮かべ営業スタイルで名刺を差し出しながら、謙太は言った。


 駿は口の中で小さく「どうも」と呟き、軽く頭を下げる。

 それから、億劫そうに謙太を室内に招じ入れた。


(メンバー3人とも、捜索には非協力的…か。

 所長の言ってたとおり、確かに妙な感じだ)


 KENの失踪に腹を立てているにしろ、メンバー間に確執があるにしろ、それだけでは探す気もなさそうなことの説明がつかない。

 メジャーデビューどころか、≪ブリリアント・ノイズ≫の存続自体を諦めてしまったのだろうか?


 だがTAKUが不安がってように、≪ブリリアント・ノイズ≫が解散するとなれば、彼らは生活の糧も将来の夢もを失うことになる。


 おそらく上京後、さまざまなバイトで食いつないできたのだろう。そしてやっと人気が出、音楽で食べていける目途がついた矢先なのだ。

 KENに対して色々不満があるにしろ、せっかくのチャンスを簡単に諦められるとは考えにくい。


(少なくとも俺だったら、まずKENを見つけて文句を言うのが先だな。

 むしろ不満があるからこそ、探し出してガツンと言ってやらなきゃ気が済まない。

 それなのにこの態度ってことは、やっぱり……)



 玄関を入ってすぐのスペースは、ダイニング・キッチンではなく台所と呼ぶのにふさわしい薄暗い空間だった。そして、その奥に和室が二間。六畳と四畳半だ。

 四畳半のほうに、駿が先ほどまで叩いていたドラムが置いてある。


「自宅で練習してらっしゃるんですね」


 周りが畑ばかりの不便な場所に住んでいるのはこれが理由かと思いながら、謙太は言った。


「いつでも好きな時に好きなだけドラムを叩きたくて、ここを選んだんです。

 朝10時から夜7時までって条件はつけられたけど、バイトもライブも夜で、練習するのは昼間だから問題ない」

「バイトは今も続けてらっしゃるんですか?」


 謙太の問いに、駿は無表情のままこちらを見た。

 無言のまま踵を返して六畳間に入り、雑にたたまれた布団を背にして座った。

 謙太が向かい合わせに座るのを待って、口を開く。


「ワンマンでライブできるようになってすぐ、他の3人はバイトを辞めました。

 おれはバイト先がライブハウスで他のバンドの演奏が聴けるから、今も続けてます。2つ掛け持ちしてて、もうひとつのほうは辞めたけど」

「とても熱心に音楽に打ち込んでらっしゃるんですね。でも、通うの大変じゃないですか?」

「その質問とKENの捜索と、何か関係あるんですか」


 駿の言葉に、謙太はややたじろいだ。


 駿の口調は淡々としていて無表情。

 こちらの質問を露骨に嫌がっているわけではないが、何を考えているのか全く読み取れない。

 言葉遣いは他の2人よりていねいだが、扱いにくさは彼らより上だと謙太は思った。


 それでもメンバー間の軋轢あつれきが失踪の原因なら、前々からKENと対立していた駿が問題の鍵となるのはまず間違いない。


 その線での調査を続けるなら、どうにか駿から話を聞きだし失踪原因を究明する何かを掴まなければならない。


「…失礼いたしました。まずKENさんの居場所についてですが、何か心当たりはおありでしょうか?」

「女の所でしょ。どの女かは分かりません。KEN以外は名前も連絡先も知らないし」

「翔さんとTAKUさんも同じことをおっしゃってましたが、KENさんはそんなに女性関係が派手なんでしょうか?」


 駿はただ頷いた。


 何か説明が続くのを期待して謙太は待ったが、駿は口を閉じたままだ。


「であれば、女性関係でトラブルに巻き込まれた可能性もあるかと思われますが…ご心配じゃないですか?」

「心配はしてます。でも、おれ達にはどうしようもない」


 テーブルが無いので謙太は脚の上でノートパソコンを開き、前日聞き取った話の要点をまとめたメモを確認した。


「佐川さんからお伺いした話によれば、プロダクションのほうでKENさんと連絡が取れなくなったのが先週の金曜。

 そして、皆さんがKENさんと最後に連絡を取ったのがその3日前。

 つまり火曜の話ですよね」


 再び、駿はただ小さく頷いた。


「同じバンドのメンバーであれば、スタジオを借りて一緒に練習することもあると思いますが、何日も連絡を取らないのは珍しくなかったんでしょうか」


 謙太の言葉に、そこで初めて駿は視線を逸らした。


 窓の外に視線を向け、アパートを囲む畑と、その先に建つ家々を眺める。

 どれもこのアパートと同じかそれ以上に古く、新しそうな建物は一軒も見当たらない。


「…高校の頃は、いつも4人でつるんでました。

 KEN以外の3人は中学から一緒で、高1の学園祭でバンドでもやろうかって話が出たとき、女子に人気のあるKENを仲間に入れようってなったんです」


 謙太の問いには答えず、駿は言った。

 昔を懐かしむかのように、わずかに目を細める。


「KENは楽器が何もできないから曲も作れないけど、顔が良いから女子に人気があったし、話も上手くて場を盛り上げるのが得意なんです。

 歌はそれほどでもなかったけど」

「…佐川さんのお話では、メジャーデビューに向けての方針で、作詞作曲はKENさん担当になったそうですが」


 謙太の言葉に、駿はかすかに鼻で笑った。


「わけのわからない単語をただ並べるのが作詞って言えるなら、そうなんでしょうね。

 ライバルやアンチからは『雑音』だって言われますけど。『素晴らしい雑音ブリリアントノイズ』だってね」


 どうやら対立の原点が見えてきたようだと、謙太は思った。


 KENが名義だけ担当している作曲については印税の分配で話がついたのかもしれないが、作詞をKENが行うこと自体、駿には不満なのだろう。


(捜索に非協力的な態度と、メンバー間に以前からあったらしき確執。

 駿とKENが大喧嘩して、はずみで事故が起きたって線がますます濃厚になってきたな。

 それどころか、KENに対する嫉妬や不満が一気に爆発して、それが抑えきれなくなったって可能性も……)


「お話を元に戻しますが、3日間、なんの連絡も取り合わなかったのは、普通のことでしたか?

 以前は普通だったとしてもメジャーデビューが正式決定していたわけですし、来月のレコーディングに備えて練習量を増やすとか打ち合わせするとか、何かとこまめに連絡する必要があったんじゃないかと思いますが」

「おれら3人は連絡取り合ってましたよ。

 つまり、KEN以外は」


 そう言ってから、駿は窓の外に向けていた視線を相手に戻した。


「練習を増やして音楽に磨きをかけて、新曲もいくつか用意して、メジャーデビューに備えようって話してました」

「…お三方はメジャーデビューには消極的だと、佐川さんから伺いましたが。印税の件やら何やらで」

「最初はそうでした。でも、決まった以上は全力を尽くすつもりでした」


 ところがKENのヤツ…と、仮面のように無表情だった顔に初めて嫌悪感を表して、駿は続けた。


「バンドなんてどうでもいい。

 もっと楽に稼げる方法が見つかったからって、いきなり言い出しやがって…」

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