第7話


 

「……こほん、さっきまでの余裕は何処に行ったのですか? なんか『俺に任せとけば万事上手くいくぜ』みたいな面晒していたましたよね?」


「あー、そんな時期もあったな」


「忘れるな、数分前の出来事だ」


 情けない言葉を発する青年にツッコんでしまう。

 驚きのあまり、つい素の状態になってしまった。


「いや、いつもだったら上手くいってたんだよ。ただな集合無意識体ティアナから送られる魔力が、いつもより少ないっていうか何というか。なんつーか、イレギュラーが起きているっぽいんだよ」


 鼻をチーンしながら、青年は明後日の方に視線を向ける。 

 長々と言い訳を口にする彼を見て、『カッコ悪いな〜』と思った。


「つー訳だ。嬢ちゃん、魔力くれ。あいつら瞬殺してやるから」


「分かりました。じゃあ、貸し一つですね」


 青年の右手を差し出す。

 私の『貸し一つ』発言を不服に思ったのだろうか、青年は嫌そうな顔を私に見せつけた。


「待て待て、貸し一つ? お前、俺に貸し作るつもりなの? 命の恩人である俺を? 嬢ちゃん、図太過ぎない?」


「想定を超えろって言ったのは、貴方の方でしょう?」


「いや、そういう意味で言ってねぇ」


 観客席の方からオーガ達の怒声と喧しい足音が聞こえてくる。

 舞台に向かって駆け出し始めるオーガと微笑を浮かべる青年を交互に見つつ、私は思った事をそのまま口にした。


「なら、取引しましょう」


 そう言って、私は青年の瞳を睨みつける。

 彼は引き攣った笑みを浮かべながら、私の瞳を真っ直ぐ見据えていた。


「戦闘に必要な魔力を与えます。その代わり、貴方の力、私に使わせ……」


 迷う事なく、青年は私の右手を握る。


「ああ、いいぜ。俺の力、使わせてやるよ」


 『してやったり』みたいな表情を浮かべながら、サンタクロースを名乗る青年は私の右手を握り直す。

 その瞬間、青年の右手の甲に魔法陣のようなものが刻み込まれた。


「今のズル賢い所は良かったぜ、俺の想定をいい感じに超えていた」


 私の中にあった魔力がごっそり吸い取られる。

 それと同時に、オーガと呼ばれる『何か』になった商人達は舞台の上に辿り着いた。

 

「……僧侶の格好をしているからと言って、性格が善(い)いとは思わないでください」


「でも、いい性格していると思うぜ?」


 私から貰った魔力を噴き出しながら、青年は挑発的な笑みを浮かべ──


「──っ!?」


 再び青年の姿を見失った。

 見失った彼の姿を探し始めると同時に、舞台に上がったばかりのオーガ達は身体から青い血を噴き出す。

 


「おい、咎人(オーガ)共」


 いつの間にか観客席に降りていた青年が口を開く。

 彼の手には青く染まった短剣が握られていた。


「切札は奪われないよう、大事に持っておいた方がいいぜ」


 オーガ達の足下を見る。

 青い血で染まった彼等の足下には十数本の短剣が落っこちていた。

 

「──じゃねぇと、俺みてぇな手癖の悪いヤツに盗まれちまうぞ」


 把握させられる。

 あの一瞬で青年は商人達が隠し持っていた短剣を奪った事を。

 奪っただけでなく、奪った短剣で商人達の身体を切り裂いた事を。


「ぐっ……! お前、何者だ……!?」


「義賊気取りの盗人(あくにん)だ」


 理解させられる。

 あの青年が桁違いに強い事を──!

 

「ま、まだだ……!」


 聞き覚えのある声──商人の声が鼓膜を揺らす。

 商人と思わしきオーガは足下に落ちている短剣を拾うと、私の下に向かって駆け出した。

 何も映っていない商人の瞳を見て、私は彼の狙いを瞬時に理解する。

 ──私を人質にするつもりだ。

 反射的に身構える。

 商人が走り出した途端、青年の身体の匂いが──変わった。

 

「…….ま、待って! 殺さないでっ!」

 

 青年の身体から殺意の匂いが漏れ出た。

 その匂いを感じ取った途端、私は理解してしまう。

 ──あの青年は商人を殺すつもりだ、と。


「……っ!」


 商人を睨みつける。

 彼は傷ついた身体を引き摺るように走っていた。

 彼の瞳を睨みつける。

 彼の瞳には憎しみと敵意しか映し出されていなかった。

 冷静じゃない。

 言葉で静止を求めても、聞く耳を持たないだろう。

 かと言って、私の力では商人とサンタを止める事なんてできない。

 付与魔術で……いや、魔術を使ったら、商人を更に刺激してしまうかもしれない。


(なら……!)


 大人しく人質になる事で、商人を説得するための時間を作り出そうと試みる。

 もしかしたら、商人に刺されるかもしれない。

 或いはサンタクロースを名乗る青年に『助ける価値なし』と判断されて、殺されてしまうかもしれない。

 それらの可能性を考慮した途端、死の恐怖が脳裏を掠める。

 死にたくない。

 でも、商人(ゆうじん)を殺したくない。

 この状況を打破するための方法も何一つ思いつかない。

 考える。

 だが、人質になる事以外に最善の策は思いつかなかった。

 覚悟を決める。

 刺されようが、殺されようが、商人の愚行を止めてみせる。

 ──それで彼等に罪を償う時間を与えられるのなら。


「……」


 商人とサンタに自分の意思を伝えるため、両腕の力を抜く。

 私が無抵抗になった瞬間、商人の瞳に私の姿が映し出された。

 商人は私の姿を目視すると、乾いた笑みを浮かべる。

 そして、野太い雄叫びを上げると、持っていた短剣で突き刺してしまった。


 ──自分の、腹を。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る