第6話
◇
赤いナイトキャップ。
傷み一つない艶のある金髪。
十人中十人が見惚れる整った顔。
爬虫類を想起させる真紅の瞳。
挑発的に歪む口元。
防寒具と思わしき赤い服。
白い手袋を身につけている両手。
赤い服に巻きついた黒いベルト。
黒い長靴。
そして、身体から放たれる独特な雰囲気。
『サンタクロース』を名乗る青年の身体から『匂い』は感じ取れなかった。
何も匂わない。
その所為で、彼が何を考えているのか分からなかった。
「さて、嬢ちゃん。俺は今から嬢ちゃんの価値を見定める」
体勢を整えた緑色の『何か』──商人達に背を向けながら、青年──『サンタクロース』は私の瞳を真っ直ぐ見据える。
「俺の力を借り続けたいんだったら、自分のの価値を示しな。嬢ちゃんに『助ける価値がねぇ』と判断した場合、俺は遠慮なく嬢ちゃんを見殺しにする」
「あ、え、……は? 価値? 示す? どうやって?」
「簡単に言っちまえば、俺の想定を超えろって事だ」
空気の裂ける音が鼓膜を揺るがす。
緑色の『何か』が槍を放り投げたのだ。
「人を知れ、世界を識れ」
振り返る事なく、青年は右手を少しだけ挙げると、右人差し指と右中指だけで飛んできた槍を受け止める。
「思考を止めるな。常に最善を追い続けろ」
一瞬だった。
瞬きした瞬間、青年の姿を見失う。
気がつくと、青年は舞台の上から姿を消していた。
「そうしたら、俺の想定くれぇ余裕で超えられるぜ」
青年の声が舞台の下──観客席の方から聞こえる。
いつの間にか、彼は商人達の目と鼻の先に移動していた。
「さっきの青臭え啖呵は、いい感じだ。アレは俺の想定を超えていた。あんな感じに頑張るんだったら、俺は嬢ちゃんを見捨てねぇ」
丸腰のまま、何の武器も持たないまま、青年は武器を携帯する商人達──緑色の『何か』達と睨み合う。
商人達からは嫌な匂いが漂っていた。
危ない。
このままじゃ、あの青年は商人達にボコボコにされてしまう──!
「あぶな……!」
忠告の言葉を口にしようとしたその時だった。
サンタクロースを名乗る青年が右腕を振るう。
その瞬間、緑色の『何か』達が持っていた全ての武器が、粉々に砕け散った。
「おいおい、盛んなよ『オーガ』共。まだ俺が話している最中だろうが」
私も『オーガ』と呼ばれる化け物になった商人達も気づかされてしまう。
サンタクロースを名乗る青年が、商人達の武器を破壊した事を。
「ま、やるって言うんだったら、遠慮なくやってやるぜ。ただし気をつけろよ」
そう言って、青年は無防備に佇む。
武器どころか魔力さえ扱おうとしない青年を見て、私は『こやつ……只者じゃない』みたいな事を思い始める。
「俺は悪い子に優しくする程、お人好しじゃねぇっ!」
そして、サンタクロースを名乗る青年の快進撃が始ま──らなかった。
「あり? 思ってたより魔力が出な……がぼぉっ!」
緑色の『何か』──サンタクロースがオーガと呼んだ商人達の成れの果て──の拳が、青年の顔面に突き刺さる。
さっきの攻防で魔力を使い果たしたのだろうか。
サンタクロースを名乗る青年は、オーガ達にボコボコにされていた。
「ちょ、タンマ……! 話し合おうぜ! 話せば分か……ぐはぁ!」
オーガ達の重い拳が、重い蹴りが、青年の身体に叩き込まれる。
オーガの打撃の威力は凄まじかった。
青年に当たらなかった彼等の拳が、蹴りが、劇場の床を砕き、壁を粉砕する。
多分、あの威力の打撃だったら、岩さえ余裕で砕けるであろう。
そんな一撃が何度も青年のからだに襲いかかる。
殴られる度に青年は宙を舞い、蹴られる度に鼻血を垂れ流す。
緊張感の欠片も感じられない断末魔を上げながら、青年はただひたすらに殴られ蹴られ続けた。
「あびょぉっ!?」
間抜けな悲鳴と共に青年は私の足下まで転がってくる。
やはり只者じゃなかったらしく、青年の身体には目立った外傷は見当たらなかった。
「ふう……」
鼻から出た血を拭いながら、青年はゆっくり立ち上がる。
そして、私の方に顔を向けると、快活な笑みを浮かべ、こう言った。
「悪りぃ、嬢ちゃん。助けてくれ」
「いや、助けて欲しいのはこっちなんだけど」
先程の強者感はどこに行ったのか、サンタクロースを名乗る青年は情けない事を言い出した。
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