第17話 再びの断罪劇(1)
「リーシャ・バートン! 本日をもって貴様との婚約を破棄させてもらう!」
――王妃の誕生パーティから一週間後。事態は、再び動き出した。
ハロルド王子の宮で開かれた小規模のパーティ。その会場全体に響くような声で、ハロルドは唐突にリーシャに向かって宣言をする。例によって例のごとく、右腕には可愛らしいティアラを侍らせて。
参加者たちの視線がたちまちのうちに彼らに集まり、会場のざわめきは少しずつ小さくなっていった。
「公務に疲れたハロルド王子をいたわるため」という失笑したくなるような名目で開かれた今日のパーティは、前の人生で開かれたものとまったく同じ場となっていた。
自由の
バートン家の財産を使って開催したパーティにもかかわらず今日もリーシャを見下した彼の行動は、いっそ清々しい程に傍若無人だ。
普段であればこうした私的な集まりにおいてリーシャは
しかし、今回に限っては「必ずお前も参加するように」との厳命がハロルドより下っていた。リーシャが参加してもエスコートもせず、華やかな会場に彼女をひとりポツンと放置していたくせに。
当時は意味がわからなかったが、今ならわかる――悪魔召喚の材料を集め、用済みとなったリーシャを処分するのにこれ程都合の良い舞台はない。
「婚約破棄、ですか……理由を、お聞かせ願えますでしょうか」
とうとう始まった――込み上げる緊張と興奮を表に出さないように気をつけつつ、リーシャは深く腰を折って目を伏せる。
「ここに来てもまだシラを切るか!」
厳しい口調で
実際、今日のリーシャは従順だった前世の時と同じ格好をしている。
目立たないくすんだ色のドレス、似合わない流行に必死に合わせたスタイル、伏目がちで怯えた姿勢……長年ハロルドに大人しく付き従ってきた彼女が今更逆らうことなどありえないと、ハロルドは信じ切っていることだろう。前回のパーティにおける彼女の反抗的な振る舞いなど、もう記憶に残ってもいないのではないか。
「ハロルド様ぁ……」
怯えた声に媚びを交えながら、傍らのティアラがハロルドに擦り寄った。そうしておきながら、ハロルドに見えない角度からリーシャに意地悪く
前回のパーティでリーシャを陥れることに失敗したにも関わらず彼女が強気なままなのは、今更何をしたところで状況がひっくり返ることはないとタカを括っているからだろう。そのリーシャを軽んじる態度が、今はありがたい。
「あぁ大丈夫だ、ティア。お前を害そうとする魔女なんぞ、すぐに成敗してやるからな」
リーシャには見せたこともない甘い笑みをティアラに向けてから、ハロルドは向き直る。そして大袈裟な仕草でリーシャへと指を突きつけた。
「貴様は我が真実の愛の相手、ティアラに嫉妬し、彼女を排するために禁忌に手を出した。既に証拠は上がっている。悪魔召喚に手を出し、ティアラを呪殺しようとした魔女め! 報いを受けるが良い!」
ハロルドが手を挙げれば、手際が良すぎる程に素早く衛兵がリーシャを取り囲む。
当時はその怒涛の展開に、唖然として何もできなかったものだ。しかし、今回のリーシャは怯むことなくその場でじっと頭を下げたまま落ち着いて口を開く。
「どうして私が、ティアラ様を害そうなどと?」
「っ、あくまでトボけるつもりか! お前は婚約者でありながらあまりにも至らなかったために、俺の愛を受けることができなかった。そしてその事実を認めることができず、俺の真実の愛の相手であるティアラに嫉妬したのだろう!」
「私がティアラ様に嫉妬するわけがありません」
キッパリと断言して、リーシャは顔を上げる。
凛とした声が、息を呑む静寂の中で会場の空気を震わせた。
「――だって私たちの婚約は、
予想外の彼女の言葉に、会場全体が不吉な程にしんと静まり返った。
「な、な……」
告げる言葉が見つからないというように、ハロルドはわなわなと唇を震わせる。
「何を、馬鹿なことを……この婚姻が、そう簡単に覆るわけがない。そうだ、バートン伯爵がそんなこと承知するものか!」
自分でその婚約を破棄しようとしておきながら、ハロルドは平気でそんなことを
「ああ。だから、私が間に入ったんだ」
新しい第三の声が、この凍りついた会場に割って入った。
その声に振り向いたハロルドは、喘ぐように大きく息をする。
「なっ……貴様は……」
「リロイ王太子殿下!」
ハロルドよりも、周囲の反応の方が早かった。彼らは次々と床に膝をつき、臣下の礼をとり始める。ハロルドだけが取り残され、その場におろおろと立ち尽くした。
「何故、お前がここに……」
「今、兄上が挙げていたリーシャ嬢の婚約について、話をするためですよ。貴方とリーシャ嬢との婚約が既に解消されていることは、私が証言しましょう。なにしろ父上に話を繋いだのは、私ですから」
「なんの、権限があって、貴様が……!」
混乱の渦中にありながらもハロルドはリロイを邪魔者と見定め、憤怒に満ちた声で彼に迫る。
「わかりませんか」
ピシャリと冷たく、リロイはハロルドの恫喝を跳ね除けた。
「兄上の策謀は、既に露呈しているということですよ。国家
「は……?」
「城下町の青い屋根のタウンハウス」
端的にリロイがそう告げると、ぽかんとしていたハロルドの顔は見る見るうちに青褪めていく。
「書斎の本棚裏の隠し部屋。貴方が設置した悪魔召喚の陣は、既に衛兵たちが抑えています。婚約者に罪をなすりつけるくらいだから、兄上もよくご存知でしょう。悪魔召喚の試みは、死罪に当たると」
「そ、それはリーシャが……」
「いいえ。リーシャ嬢はむしろ、その素材の手配に疑念を覚え私に相談してくれたのです。彼女のおかげで、今回の件は発覚しました。そして、ティアラ・シアーズ。貴女の家がトゥネリと密通していることも調べはついています。貴女にも同様に、国家擾乱罪の疑いがかけられている」
「わ、私は何も知りません……!」
目に涙を浮かべ震える手を胸の前で合わせて、ティアラは悲痛な声で叫んだ。それは、いかにも相手の憐れみを誘う仕草。
状況がわからずとも、即座にか弱い女を演出して保身に走る彼女の判断は早い。
しかし、それに対するリロイの反応はにべもなく冷たかった。
「ああ、貴女は本当に知らなかったのかもしれない。ただ、当主の指示に従って、足りない頭で考えることもせず兄に擦り寄ったのでしょう」
「私はただ、ハロルド様をお慕いしていただけなのです!」
その言葉に首を振り、ティアラは涙ながらに訴える。
会場中の視線を集めて切々と身分違いの愛を叫ぶ彼女の姿は、さしずめ悲恋のヒロインといったところか。思わず周囲が彼女に同情の目を向ける程に、その姿は真に迫っている。
しかし、ティアラの慕情たっぷりのセリフを聞いてなお、淡々とした声でリロイは告げた。
「それが何になると? 知っていようといまいと、貴女が王家の定める婚姻を無視して第一王子に手を出した事実に変わりはない。その結果、一連の騒動に関わることになった罪は、重い」
「そんな……!」
連れて行け、とひと言リロイが命じれば二人はあっという間に捕縛されてしまう。
「離せ、俺を誰だと思っている……! お前ら後で、覚えていろよ……!」
「誰か……、誰か助けてください……私、本当に何も……!」
最後まで自分たちの罪を認めぬまま、二人は衛兵に無理矢理連行されていく。
しばらく抵抗する声は聞こえたものの、やがて物音は遠ざかり……再び静寂へと飲み込まれていった。
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