第五章 真実と譲れない想い

「……ううん……っ!」


 ハッと目を開けたそこは、薄暗い部屋のベッドの上だった。

 頭が重く、ズキズキと病んでいる。

 喉の違和感と胸焼けのような不快感に見舞われたが、カナは無理矢理身体を起こした。

 灯りは入り口の側の台に置かれた小さなランプのみ。そんなに広くは無いだろう部屋の奥は真っ暗で、知らない場所とあってか、ぶるりと背筋に悪寒が走った。


「ここは……そうだ! ナタリーは!?」


 倒れていたナタリーは全然動いていなかった。

 自分も直ぐに捕まってしまったから、彼女の無事が分からない。

 怪我をしているようには見えなかったが、それもきちんと確かめられた訳では無い。

 だらりと力なく投げ出された手を思い出して、嫌な方にばかり想像が膨らんでしまう。

 大きな怪我をしていないだろうか。

 酷い目に遭わされたりしていないだろうか。

 ちゃんと執事達に保護されて、無事でいてくれる事を祈った。


「アズ……」


 無意識のうちに腕の魔道具に触れ、一番側に居て欲しい人の名を呼んでいた。

 恐ろしさや心細さに、萎んでしまいそうな気持ちを何とか奮い立たせる。


 アズはきっと来てくれるわ!

 大丈夫……ナタリーも無事。

 そう信じて気持ちをしっかり持つのよ!


 両手で頬をパシリと叩き、カナはもう一度襲われた時の事を思い返した。


 玄関前にナタリーが倒れていて、慌てて近くに駆け寄った筈だ。

 全然動かなくて恐ろしくなり、誰かに助けを求めようと、開いたままの玄関を見た。

 外には黒ずくめの人が立っていて、そちらに気を取られた隙に後ろから羽交締めにされたのだ。

 背後から押さえ付けられて、薬品が染み込んだ布で口と鼻を覆われた。

 あっという間に身体の自由が奪われ、カナの抵抗は全く意味をなさなかった。力が恐ろしく強かったから、男性だろうと思う。

 気絶する直前に視界に入った美しい青が、瞼に焼きついて離れなかった。まるで宝石のサファイアのような澄んだ綺麗な青だった。


 そんな青を持つ人物に、つい最近会ったばかりだ。

 アズベルトにも劣らない程の美形で、癖のある金髪に美しいブルーアイの男性。

 結婚の話を伝えた時の、何の感情も読めない冷たい眼差しを思い出して背筋が冷えた。


 まさか……ね

 彼とは友人だもの……そんな筈ないわ……


 心臓がツキンツキンと、嫌な音を立てている。 

 頭では違うと否定しているのに、胸の奥がそわそわするような違和感は全く拭えなかった。

 そんな考えを振り払うように頭を振ると、カナは改めて室内を見回した。

 今居る部屋に見覚えは無い。暗いから分からないだけかもしれないが、少なくともアズベルトと一緒に訪れた事のある場所ではないと思った。

 大きな棚やクローゼット、窓の側には背程の姿見も置かれている。手入れはされておらず、カナの姿を写してはいたが曇っている。

 家具やベッド自体は古いもののようだが、寝具は新しい。

 埃臭さやカビ臭さは無かったが、人が住んでいるような気配も全く無い。

 どうやら誰かの家というよりは、現在カナが療養しているような別荘の扱いなのかもしれない。

 何か手掛かりになりそうなものはないかと、カナはベッドから降りると靴を履かずに扉へ近づいた。

 幸い手足は拘束されておらず自由に動ける。

 それにしても静かだなと思う。少なくとも別荘を襲撃した犯人は二人以上だ。

 話し声はおろか物音もしないのだ。今は近くにはいないのだろうか。それとももう逃げてしまったのか。

 それなら逃げ出すのは今のうちなのだが。


 音を立てないよう慎重にノブを回してみたが、鍵が掛かっているのか回らなかった。

 今度は窓へと近づく。

 上手くいけばここから出られるかもしれないという淡い期待は、やはり叶わなかった。

 上に持ち上げるタイプの窓は途中で止まるように細工されており、とてもじゃ無いが通り抜けられそうも無かった。

 最後の手段でガラスを割るという手もあるが、割るのに使えそうなものは置いていない。

 仮に割れたとしても音で気付かれてしまえば終わりだし、二階以上ありそうなここから降りられなければ意味が無い。


「……アズ……早く来て……」

 

 窓の外へ向かって祈るように胸の前で両手を組んだ。

 目を閉じると笑顔のアズベルトを想う。

 彼の穏やかに名を呼ぶ声を思い出すと、目の奥がツンと痛くなってくる。

 気を抜くと泣き出してしまいそうで、カナはぎゅっと唇を引き結んで耐えた。


 泣いてる場合じゃないわ!

 彼が来てくれるまでは自分で何とかしないと。



 

「目が覚めたようだね」


 突然後ろから声が掛かり、カナは飛び上がる思いがした。

 痛いくらいに鳴っている心臓を押さえ素早く振りかえると、いつの間にか開かれていた扉の奥に人が立っている。

 穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと部屋へ入って来た黒づくめの男が、優しい声色でカナへと話しかけてくる。


「手荒な真似をしてすまなかった。身体の具合はどうだろう?」

「……レオ……どうして……」


 そこに立っていたのはやはりと言っていいのか……アズベルトとカナリアの友人である、レオドルド・サージェンスだった。

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