章閑話—11 アズベルトの憤怒

 衣装合わせ当日。

 私の出番は午後から三十分程だ。

 今日の主役はカナだが、体調の不安もあった事から、くれぐれも無理はさせないで欲しいと伝え、私は朝早くから執事長のレイリーを筆頭に執事達数名とオラシオンへ向かった。

 両領地の重役達と統合に向けての最終的な話し合いが行われる為だ。

 もちろんその席には、オラシオンの現領主であるカナリアの父アルクトスと、以前視察に訪れた農場主のゼジルも同席する。

 私の顔を見るなり、挨拶もそこそこにカナリアの近況を聞かれた。やはり彼女の身体が心配のようだ。

 今まで何度も寝込んでいた事、式自体が何度か延期になった事を鑑みても、その心配は当然の事だ。

 元気に過ごしている事、式の準備も順調に進んでいる旨を伝えると、二人は本当に嬉しそうに頬を緩めていた。


 目玉の一つである『市場』の計画は、二人の後押しもあってこのまま進みそうだ。

 手土産に持ってきたカナ手作りのお菓子は、オラシオン産の食材を使っている事もあってか、その場にいた者達にも大変好評だった。

 これらがカナリアのお手製である事、他にもレシピの用意がある事を伝えると、驚くと同時にやはり二人は嬉しそうに頬を綻ばせるのだった。


 会合が終わり今日が衣装合わせなのだと伝えると、ゼジルに早く帰ってやれと怒られてしまった。

 一緒に行くと言って譲らないアルクトスをゼジルに任せ、帰路を急がせた。




 帰宅し、カナが居るという応接室へ入ると、なんと女神が降臨していた。隣には天使も立っている。

 ナタリーのドレス姿も美しかった。カナのドレスに合うように、同じ素材のレースを使って、スッキリとしたシルエットになっている。

 色はナタリーのアメジストのような瞳に合わせて、薄い紫色にした。

 カナのふんわりとした柔らかい印象とはまた違い、冷静で落ち着いた雰囲気のナタリーに良く似合っている。


 が、やはりカナの純白のドレス姿は秀逸だった。

 元々肌も透き通るように白く、白いドレスが似合うだろう事は分かっていたが、それでも想像以上だ。

 レイリーに促されるまで、上着を預けるのもハットを渡すのも忘れていた程だ。

 その場を動けないでいるカナの元へ近づく。

 言葉を発せないまま見つめていると、不安気な眼差しを向けられてしまった。

 変じゃないか? と問うカナに女神のようだと応えれば、まるでチークをのせたかのように頬を染めている。

 纏められた艶やかな黒髪が真っ白な中に良く映えており、頭上に輝くティアラもカナの可憐さを更に引き立たせて見える。

 今すぐ胸に抱いてしまいたかったが、ドレスは仮どめがなされ、髪も緩く纏められただけだ。そんな状態で触れてしまったら、彼女達の苦労を台無しにしてしまう。それに、綺麗に着飾ったカナをこのまま見ていたい気持ちも強かった。

 それでも触れずにはいられず、支障の少ない肩から二の腕にかけてを撫でるだけになんとか留めた。


 それなのにカナが私の手を捕まえると、自分の頬へと当てがったのだ。

 私の癖を分かっているだけに、これはキスをおねだりされたのだと理解する。

 カナの方から欲して貰えただなんて、心が震えるようだった。

 頑張ってくれたメイドの皆んなには申し訳なかったが、自制心はついに欲望に打ち消されてしまったのだ。

 

 本当に……時間という概念すら煩わしい。

 何もかも捨てて二人だけの世界に……そう現実逃避したくなる程には、私も狂わされているようだ。

 



 レオドルドが主催してくれたパーティの夜。

 いつもの時間になってもやってこない執事達に、なんとなく不安を覚えた。

 この時に、異変を感じた時点で、側を離れるべきでは無かったのだ。

 ゲネシスが警告してくれていたにも関わらず、あれから時間が経っていた事もあって、私は完全に判断を誤った。

 後から考えれば、執事達が足止めされたのも、計画の一部だったのだ。


 違和感が強くなったのは、会場へ入って出迎えてくれたのが、レオではなく屋敷の主人だった事だ。

 レオの所在を聞いても、主催者であるにも関わらず姿を見せておらず、連絡も無いという事だった。

 そして不自然に自分を取り巻く令嬢達。式を控えているというのに、あからさまに色目を使ってくる彼女達の態度に、この時点でもう何かあると考えるべきだった。

 カナの話をまさかで片付けず、もっと慎重に吟味すべきだったのだ。


 発動された魔道具、突如写し出された見覚えのある部屋、遅れた執事、そしていつまで経っても現れない主催者。

 今までの騎士団長としての経験が、これら全てに警鐘を鳴らしていた。


 酷く息を切らせて駆け込んで来たクーラの姿に、疑惑が確信へと変わる。

 カナの拉致に加え、ナタリーの重傷の知らせに、血が煮えるのと血の気が引くのを同時に味わわされ、頭がおかしくなりそうだった。

 疑念、怒り、哀しみ、後悔、色々な感情が全てない混ぜになってしまったかのようだ。

 目を閉じ、大きく息を吸い、深く吐き出す。無理やり感情を閉じ、雑念を追いやった。

 瞼の裏に浮かぶのは、ドレス姿で可憐に笑う二人の少女の姿だ。

 わなわなと震える拳を力いっぱい握り締め、憤怒で沸る身体をどうにか抑え留めた。


 冷静になれ

 考えろ

 何が起きたかはもう分かってる

 最悪の事態が起こったが、あの部屋は知っている

 ここから馬を飛ばせば一時間程で着ける筈だ


 このタイミングで駆けつけたジルと、ゲネシスに後を任せる。

 この事態を予期し、魔道具を持たせてくれたゲネシスに心から感謝した。

 カナがあの部屋から連れ出されていない事を切に願う。


 カナ、すまない。もう少しだけ辛抱してくれ

 必ず迎えに行く

 彼女を傷付け悲しませる奴は絶対に許さない


 例えそれが、俺達の大切な友人だったとしても 

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