章閑話—10 アズベルトの焦燥

 久しぶりに古い友人に会う事になった。

 レオドルド・サージェンス

 男の私から見ても目鼻立ちの美しい男だ。


 彼との出会いは王立の学院だった。

 同じ歳で、入学当時から綺麗な顔の男の子がいると令嬢達の間で噂になっていた。

 私は騎士養成科だったが、彼は経済学科で経営や商売について学んでいた。家が商家だったのだ。


 初めて会ったのは、同じ専攻授業で席が隣同士になった時だ。

 宝石のような美しい青眼とクセのある金髪が、この世の人間と思えなくて、今でもその衝撃は覚えている。

 最初は女性だと思い、声を聞いて男性だと分かった。

 その事を正直に言って謝罪すると、レオは「君は随分と律儀で正直者だな」と笑われてしまった。

 それから顔を合わせる度によく話すようになった。


 彼の家は名のある商家で、母親が異民族なのだそうだ。

 目も髪も母親譲りと言っていた。そのおかげで色々苦労するのだと話してくれた。

 良くも悪くも目立つ容姿だ。私には想像もつかないような苦労も、きっと多かったのだろう。


 レオが初めてカナリアと会ったのは、彼女が五歳の時だ。

 原因不明の熱で倒れ、三日間意識が戻らなかった。

 目が覚めて一週間程ベッドから出る事を許されず、ぐずっていて困っていると聞いて、レオを連れて会いに行った。


『うわぁ……あなたのおめめ、宝石みたいね……』


 そう言ってレオの瞳をずっと見つめていたリアは、紛れもなく天使だった。


 それから、リアのところに行く時は、レオも同行するようになった。

 私が言うのもなんだが、レオは過保護なヤツだった。

 身体の弱いリアを心配して、移動の度に彼女を腕に抱いていた。


 ある時、いつものようにレオが彼女を抱き上げると、リアが小さな頬をぷくぷくに膨らませて、『歩けるのに!』と怒った事があった。

 リアは病人扱いされる事に怒ったようだったが、レオもレオでそうするのが楽しみだったのか譲らない。

 二人に助けを求められた私がリアを説得したのだ。


『レオはリアと一緒にいられる時間が少ないだろう? だから、少しでもリアの側に居たいんだ。レオの我儘だと思ってリアが許してやってくれないか?』

『レオが抱っこしたいってコト?』

『そうだよ』

『……それなら仕方ないわね。許してあげるわ』


 そう言って可憐な花のような笑顔を咲かせた姿もまた天使だった。

 

 学院の卒業と同時にレオは、家の事業拡大の為、他国へと行ってしまったのだ。

 それからは時折手紙のやり取りをしていたが、それもお互いに忙しくなるにつれ、やがて疎遠になってしまった。

 直近で会ったのは、リアの十三歳の誕生日に我が家でパーティーを開いた時だ。

 その時初めて大人の仲間入りしたリアが美しく着飾った姿を見た。

 私はもちろんの事、レオも恐らく初めてリアを一人の女性として意識した瞬間だったと思う。


 リアに余命宣告が下った時、レオにも手紙で知らせていたのだが、彼がリアに会いに来る事は無かった。

 今思えば、拠点を移して活動していただろう彼に、その手紙が渡ったのかどうか定かではない。




 およそ三年ぶりに会ったレオは、ますます美しさに磨きが掛かっている。

 外国でどんな仕事をしているのか教えてはくれないが、きっと苦労が絶えないのだろう。闇も少々垣間見えた。

 カナリアがうちで療養している事を伝えると、会いたいと即答してきた。

 晩餐を共にと思ったが、仕事が立て込んでいるようで、別々の馬車で別荘へとやってきたのだ。

 

 カナにこっそりと旧友だと伝えると、察しの良い彼女は緊張気味に頷いた。

 嬉しそうにカナの手を取りキスをするレオに、挨拶だと分かっているのに心がざわつく。

 数年ぶりの再会だ、少しくらい距離が近いのも、多少スキンシップが多いのも仕方のない事だ。

 それは分かっているのに、レオがカナを見つめる度に、手を握る度に、心の奥がチリチリと焼ける思いがした。

 レオの美しい瞳に、美麗な微笑みに、カナが心を奪われやしないかと気が気で無かったのだ。


 挙句の果てには、カナまでレオの話をする。

 しかもだ。レオがカナリアを好きだったのではないかと言い出した。

 まさか……有り得ない。

 レオが他国へ立つ時、カナリアはまだ六歳だった。

 妹のように思っていたと言うならまだ頷ける。レオはとても過保護だった。

 リアの誕生日パーティーで久しぶりに会った時も、そんな素振りは微塵も無かったし、腕に抱けないくらい大きくなってしまって寂しいと言っていたくらいだ。

 やはり兄として妹の成長が嬉しくもあり、寂しくもあるのだろうと、そう感じたのだ。


 それでもまだレオの事で思うところがあったのか、カナが思考を巡らせている。

 それ以上他の男の事で気を散らされたくなくて、病み上がりだと分かっていたのに組み敷いてしまった。

 いつもよりもずっと強引に口付けた。

 自分がこんなにも欲の強い人間だったのかと驚くと同時に、器の小ささに愕然とした。

 こんな筈では無かったのに。もっと大人の余裕でカナを見守り、支えてやる筈だった。

 こんな事ではカナに早々に愛想を尽かされてしまうかもしれない。

 案の定抗議の眼差しを貰ったが、それですら他の誰でもない自分に向けられている事に安堵すら覚えた。


 あぁ、重症だな……


 もっと自分を律しなければ……でなければ俺は……


 そう思っていたのに、カナはこちらへ手を伸ばし頬へ触れてきた。

 いつも俺がそうするように。

 まるで何かをねだるように。

 察して欲しいと顔に書いてあったが、それは出来ない相談だ。

 言ってくれ。君のその口から聞きたいんだ。


「……キス、して……」


 俺の持てる全ての理性を総動員してそれに応えた。


 タガが外れてしまいそうだ。

 早く欲しい。

 全部欲しい。

 彼女だけを見て、彼女だけに触れて、彼女だけ愛する世界になってしまえばいいのに。

 身体も、心も、カナの全てが一日も早く、一秒でも早く、俺の物になればいい。

 俺だけのモノになればいい。


 ゲネシスに時間軸を超えられるような転移魔法の研究を提案してみようか。

「また簡単にそういう事を」と、怒られてしまうだろうか。

 そんな風に余計な事を考えながら、彼女に向かいそうになるこの気持ちを懸命に逃すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る