遺されし者

 カサの戻ったその夜に、マンテウは息を引き取った。

 齢誰も知らぬほど年老いた、ベネスの大巫女。

 この死は砂漠に小さくない波紋を呼ぶであろう。

 だがそのすぐ後には、新たなマンテウとしてアロが控えている。

 次の祭りまでにアロはその名を捨て、新たなマンテウとして邑に君臨する。

 一つだけ書き加えるならば、マンテウの死に顔も、この上なく安らかであった。



 次の日、コールアが邑から姿を消した。

 カサの帰還にあわせて各地に散っていった商人たちについていった、という話が伝わっている。

 商人は鼻の大きい小男で、茶をよく扱っていたそうだ。

「コールアを、うちの娘を知らないか……?」

 前夜に邑の集会で、邑長の地位を更迭されたカバリが、涙を浮かべながらコールアの姿を探しているのを、多くの邑人が目にしている。

 そのカバリも、程なく姿を消している。

 がらんどうになった邑長の大天幕を覗き込み、コールアを追って邑を出たのだと皆が無責任に噂した。



 カサの持ち帰った獣の頭部を見て、初めて自分たちの戦士がいかなる怪物と戦っていたのかを知り、邑人の戦士たちへの崇敬は高まった。

 だがその戦士たちですら、カサの言葉通りの場所に首のないマダラの骸を見つけると、十八トルーキ(6メートル)に達したであろうその巨躯に、言葉をなくした。



 マンテウへの報告を済ませた後、自分の天幕に運び込まれたカサは、すぐに熱を出して寝込んでしまった。

 当然であろう、邑にたどり着けた事が不思議なくらい満身創痍である。

 看病はもちろんラシェ。

 その日から付きっ切りで、カサをかいがいしく世話した。

 カサの天幕には、弟のカリムを呼びつけるとき以外誰も入れないという徹底ぶり。

 これにはソワクも参ったが、さっさと帰れもうカサは誰にも渡さぬと、えらく情の濃い事を言い張るラシェに、呆れて苦笑いしなぎら肩をすくめてゼラの元に退散した。

 ヨッカですら面会できなかったというのだから、それは厳しい謝絶だったようで、そのせいで今や邑ではカサとラシェの仲は、火傷しそうなほどに熱い事にされてしまっている。

 間違ってはいない。

 看病の甲斐あって、カサは見る間に回復していった。

 五日と経たずに立ち上がれるようになり、カサは天幕を、自らの手で邑はずれに移動した。

 事前に邑人には知らせてはあった。

 カサについてゆきたい者がいるならば、その近くに天幕を建てよ、と。

 身分は問わぬ、サルコリであろうがベネスであろうが、ついてきたい者だけが、来るべしと。

 三日が経ち、誰も来なかったが、カサは泰然としていた。

――別にラシェと二人きりでも、それはそれで良いや。

 ラシェは家事全般ができるし、二人分くらいなら、小動物を狩りながらでも充分に生きてゆけるなどと、ご都合な事を考えている。

 一方のラシェは、不満げである。

 訊けばもっとカサの看病をしたかったらしく、回復の早いのが気に入らないのだとか。

 カサは仕方なさそうに笑った。

 この先ラシェに看病してもらう機会は、幾らでもあるだろう。

 二人はその生ある限り、ずっと一緒にいるのだから。


 さて、二人が結ばれたのは、カサが天幕を移したその夜である。

 まだ傷が多く残り、体に不自由の多かったカサだが、ラシェが強く望むので、その晩二人はそのようになった。

 そのころにはラシェは当然の顔でカサと暮らしており、昼も夜もずっとカサの傍にいた。

 天幕を張りなおすのも手伝い、カサも自然それを受け入れた。

 そして夜、二人は抱き合って眠る。

 一つの寝具に包まる、カサとラシェ。

 もう誰も二人を分かつ事などできないのだと、その顔は安らかだった。

 二人は寄り添い、満ちたりた眠りに落ちてゆく。

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