溶合と沈殿

「何だと? じゃあもしかしてお前とカサは、まだ通じてもいないのか?」

「当たり前じゃない」

 呆れるソワクに、ラシェが気まずげに返す。

 話題が話題なので、頬がやけに赤い。

「なぜだ」

「どうして?」

「まだなの?」

「まだなんだ……」

 ソワクとゼラとトカレとエルが、ひと繋がりに言う。

 なぜ? ときかれても、困る。

「な、何でって、だって……」

 カサがしようとしなかったのだから仕方がない。

 具体的に言うのも、はばかられる内容である。

 ラシェは関係を望んでいたのだが、カサが自制するので、無理強いする事でもないと幾度も引き下がったのだ。

 意外ではあったが、納得しているのはヨッカである。

――カサらしい。

 おおかた、ラシェのあれこれをおもんぱかりすぎて、積極的になれなかったのだろう。

 その姿が目に浮かぶようで、

「カサは、そういう事を簡単にできる人間じゃないから」

ヨッカは自然擁護する立場になる。

「それだけ、ラシェを大切に想っていたんだよ」

 それからにっこり笑う。

 幼馴染が言うのだから、きっとそうなのだろう。

 ラシェは気恥ずかしそうに身をよじり、エルがあからさまにムッと唇を突き出す。

「しかしなあ、」

 呆れるやら感心するやら、ソワクはどういう顔をすればいいのか困っている。

「そんなあやふやな関係で、よくもまあこれだけの騒ぎを起こせたもんだ」

 二人にはもっと確固とした繋がりがあるのだとソワクは思っていた。

 だからカサは、ラシェのためにあれほど懸命になったのだと。

「あやふやじゃない」

 ラシェがぴしゃりと言う。

 ラシェにとって、カサとの関係はいまや、確固としている。

 体のつながりなど無くても、それが崩れる事などありえないのだ。



 やがて酒が尽き、寝てしまった子供たちを引き渡し、ラシェたちはソワクの天幕を出る。

「ねえ」

 ラシェを呼び止めたのはエルである。

 すでにヨッカとトカレは帰っており、風が輪をえがく中に二人っきり。

 ラシェは身構える。

 エルといえば、昨日までラシェにこわい態度をとりつづけていた娘だ。

 理由も何となく判っているので、ラシェはエルに対して引け目を感じている。

「私もカサが好き」

 それだけ言うと、エルはさっさと行ってしまう。

 ラシェは呆然と残される。

 空には、満ちゆく月。

 祭り囃子が迫っている。



 その日からよく、エルがラシェといる所が見られるようになった。

 どちらかというと、エルから付きまとっているのだが、

「ねえ、カサはどんな物が好きなの?」

だとか、

「カサといる時、二人でどんな事をしていたの?」

だとか、何から何まで根掘り葉掘り訊こうとし、話がきわどくなると、

「ずるい!」

と言って怒ったりする。

 最初は真面目に相手をしていたラシェであったが、そのうち気安くなり、

「ずるくない。私はカサの想い人なんだもん」

などと図々しい事を堂々と言うようになっている。

 エルはさっぱりした気性で、何を言っても大体平気な顔だし、互いに芯が強いこともあってやり取りもどんどん図太くなってゆく。

 そんな二人は傍から見ると仲の良い友人に見えるので、邑人たちは不思議そうにしている。

「サルコリは、どんな事をするの」

 エルは全体好奇心がとても強い。

 それが気になる事ならば、訊かなくては気が済まないようである。

 それでも嫌われないのは、物の見方が曲がってないからであろう。

 まっすぐに話し、まっすぐに訊く。

 気風に湿った所がないエルは、どこに行っても気安く声をかけられる。

 エルと一緒にいる事が多くなって、邑人のラシェに対する人当たりが変わりだした。

 以前はまるで腐り病に侵された者のように邑人に避けられていたが、ここ数日は邑人から話しかけられるようになった。

 それも、知らない人間からである。

「あんた、祭りで唄うんだって? 本当なの?」

 声をかけたのは、四十ほどの女。

 人見知りするラシェだ、

「は、はい。そのように言われています」

 しどろもどろだが、丁寧に対応すると、

「そうかい、サルコリなのに、たいしたものね」

なぜか向こうは感心したようにうなずくので、ラシェはどんな顔をすればいいのか解らず、ぎこちなく愛想笑いした。



 サルコリでも変化があった。

 まず女衒ぜげんのゾーカが没落した。

 戦士階級に睨まれ女を売れなくなって、ベネスにもサルコリにも居場所を失った。

 かつて天幕内に所狭しとあった財産は、目を離すたび誰かに持ち去られ、恨みを募らせた者たちには集団で押し入られて強奪された。

 豊かだった生活は瞬く間にうらぶれ、かつて福々しかったその姿は、この頃にはげっそりとやつれていた。


 グディは腕力があっても、胆の小ささと鈍重さが知れ渡り、行く先々で礫を投げつけられた。

 こちらも多方より恨みを買っており、酷くなると寝ている所を天幕の外から、拳より大きな石をぶつけられた。

 片目を潰され、歯や鼻、手足の指の骨を砕かれた。

 そんな事が続いて、段々と消沈した姿が目撃されるようになった。


 ラゼネーは姿を見なくなった。

 ゾーカもグディもそばに居ないラゼネーは、ただ見窄らしいだけの小男だった。

 誰にも相手をされなくなり、ある時天幕が火の不始末で燃えた。

 それを誰かの放火つけびだと思い込んで、その夜消えた。

 元々他所からの流れ者だから、また別の邑のサルコリ集落にでも逃げたのだろうと噂された。

 ベネスにいるラシェたちは、サルコリ集落の動向には疎くなってしまっていたので、それらの事を知らないままだった。

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