不遜なる者
動かないラシェ。
勝ち誇るコールア。
転がる燻製肉のかけらを踏みつけ、コールアがのたまう。
「カサはあなたなんかが想いを寄せても良い人間ではないの。だってカサは、誉れある戦士なのだから」
ラシェがゆっくりと立ち上がり、体についた砂を払う。
「分ったら」
コールアが肉片を踏みにじる
「早くここから消えなさい」
痩せぎすのサルコリ娘を、嘲りの目で見下ろす。
ラシェの存在がずっと気に入らなかった。
ここまで思い知らせれば、このサルコリ娘も身の程を知り、自分の住処へ逃げ帰るだろう、満悦顔のコールアも、見物していた邑人も同じように思った。
「フン」
コールアが鼻であざ笑う。
だからラシェの目に強い光が宿っている事に、コールアは気づかなかった。
パァン!
さっきよりもはるかに大きな音。
悲鳴。
コールアが倒れる。
皆、愕然としている。
コールアは言わずもがな、燻製作業の半ばのカラギたちも、機を織っているグラガウノたちも、駆け回る子供や、それを追いかけるソワニたちも、たまたま通りかかったザンゼといった者たちも、みな動きを止めて騒ぎの中心の二人を見ている。
頬を押さえ、驚愕の目で相手を見あげる豪奢な邑長の娘と、それを受け止めなお
ラシェが、コールアの頰面を力の限り張り飛ばしたのだ。
ありえない光景である。
皆が目を見張る。
「……サ、サルコリごときが、な、にを……!」
屈辱に打ち震えたコールアがサルコリ娘の狼藉を言いたてようとするが、ラシェの気迫に呑まれ、か細い声は言葉にならない。
背も体格もコールアの方が豊かで逞しいのに、今ここに立つラシェは、それを凌駕して余りある威圧感がある。
赤い大地を踏みしめる両の足、伸びた背筋とぴしりと張られた胸、そして凛とした表情にその瞳、向けられた者が涼しさを感じるような切れ長の目に宿る黒い瞳が、物理的な力を持ったようにコールアを圧倒している。
「……あなたが今踏んだその肉は、」
ラシェの声も震えている。
だがそれは怒りによるものだ。
「カサが命を賭けて狩った肉よ……!」
ラシェがこぼした食料を拾い上げる。
コールアが怯えてビクリと身を震わせ、足を引っ込める。
踏みつけにされた肉から砂を払い、ラシェがコールアを見下ろす。
「カサや、カサの物を踏みつけにするなんて、許さない。もしもまだあなたがこの肉を踏みつけにしようとするのならば……」
そこで言葉を切り、怒りをにじませた目でコールアを
「……私はあなたを、殺すわ」
断固と言い放つ。
その言葉の迫真さに身を震わせ、
――私が、殺される?
傷つけられる意味を思い知り、そしてその先に死があるという現実を意識して、コールアは怯んだ。
だがラシェは、それ以上の事は何もせず、無言で自分の天幕へと去っていった。
一部始終を見ていた邑人たちの中に、コールアと同じ歳の娘の姿がある。
エルである。
エルは
当然、二人の会話も聞いている。
聞いてはいるが、信じられない内容であった。
――サルコリが、邑長の娘を叩くなんて。その上脅すような言葉を吐くだなんて。
それはあってはならない事なのである。
コールアといえば、邑では誰もが恐れていた女なのだ。
邑長の力が弱まったとはいえ、あのコールアが
――なのに、あの子はどうしてあんな事ができたのかしら。
コールアが怖くないのであろうか。
サルコリだから、邑長の怖さを知らないのであろうか。
それともサルコリだからこそ、平気で人を打つのだろうか。
コールアがよろけつつ立ちあがり、やがて呆然とした顔でどこかへ消える。
それを見て、人々はホッとしたようにざわめきを取り戻す。
「驚いた。まさかあのサルコリの娘が、やり返すとはな」
「まったく、サルコリというのは礼儀も知らぬ。だがあの鼻持ちならない邑長の娘も、これで少しは静かになるやも知れぬ」
「しっ。そのような放言は後が怖いぞ。衰えたとはいえカバリの娘、何をしてくるやも知れんからな」
無粋なくつくつ笑いが上がる。
エルは黙々と機を織りつつ何かを考えている。
この一件により、エルの中でラシェの存在が変化した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます