傲岸なる者

 ラシェが食料を受け取りに行った、ある昼である。

 サルコリ集落がわの邑の端に、食料の余剰や端材等の根菜や燻製肉の歯切れなどをもらえる場所があり、ラシェもそこにお世話になっている。

 ソワクに頼めば、邑人たちと同じようにカラギの世話になる事もできたであろうが、それをよしとしないのがラシェである。

「こんにちは」

 挨拶をすれども、誰も返事をしない。

 特別扱いをされているラシェと目を合わせるサルコリはいない。

 ここでもラシェは孤立無援である。

 だがこうなるとラシェは気丈だ。

 ふて腐れてしまえば誰かの思う壺、ラシェは返事がない事を知りながらも、挨拶を欠かさない。

 いまだ返事は返ってこないが、ソツキなどはそれでも人目のない時は話しかけてくれたりする。

 それはラシェにとっても、数少ない元気づけられる材料である。

 この日ソツキには会えなかったが、ラシェは気にした様子を見せず自分の天幕に帰ってゆく。

 その際、カラギの作業が行われている天幕が並ぶ間を通るのだが、そこでラシェは初めてコールアと出会った、それは次のようであった。

 ラシェが天幕のそばを通るときに、ヨッカと目が合った。

 カサの一番の友人だというヨッカは、カサに聞いていた通り、とても親切にしてくれている。

 毎日のようにラシェたちの元を訪ねては、何か食べ物を置いていってくれる。

 そしていつも、

「何か足りない物はないか。困っている事はないか」

 そう訊いて、事ごとに手を貸してくれようとする。

 カサが帰ってくるその日まで、ラシェたちを守ってくれようというのであろう。

 もちろん親切はありがたい。

――できるだけ誰の手も借りずに生きよう。でなければ、サルコリはいつまでも無駄飯食らいのままだ。

 ラシェにはラシェの矜持がある。

 それに従って生きる事で、ラシェは自分に誇りをもてる。

 だからラシェのヨッカに対する返答は、いつもこのようであった。

「ありがとう。でも、物は足りています。気は遣わないでください」

 ヨッカはもどかしかった。

 今この時に、命を危険にさらしているかもしれないカサ。

 ラシェはヨッカに目礼だけで通りすぎる。

 目障りなサルコリの娘と親しくしているという話が伝われば、ヨッカにも迷惑がかかってしまう。

 ヨッカは少し何か言いたげな顔をするが、委細承知してラシェをそのまま行かせる。

 そしてラシェが、カラギの天幕を通り抜けようとしたその時である。

「みすぼらしいわ」

 ラシェの前方をさえぎる影。

 白と黒の衣装に、派手な刺繍の入った太い帯。

 背はカサより少し高く、ラシェよりかなり高い所にある目が、傲岸にこちらを見下ろす。

 ラシェはピンと来る。

――これが邑長の一人娘なんだわ。

 多数の男をとっかえひっかえしているという、邑で噂の放蕩娘。

――確かに顔立ちは、美しいけれど。

 だが、その裏にある荒んだ空気に、ラシェは良い印象を覚えなかった。

 邑長の権力と生来の派手さ。

 それら薄っぺらな骨組みに支えられた中身の欠落が透けて見える。

 こういう手合いは相手にしても仕方がない。

 ちょうど仕事の忙しい時間で周りには人目が多く、揉めていい事は何一つ無い。

 ラシェが無視して脇を通り抜けようとした時である。

「どこへ行くの? 穢れたサルコリの娘」

 ラシェの歩く前をふさぐ。

 こちらを逃がさない構えだ。

 皆の前でサルコリをいたぶろうというのである。

 ラシェは莫迦莫迦しくなり、

「……どいてくれない」

 ラシェがコールアを真正面から見たその時である。

 パンッ。

 乾いた音が鳴る。

 バラバラと、抱えていた荷物が地に落ちる音。

 頬を押さえたラシェが、地に伏している。

 苛立ったコールアが、生意気なサルコリ娘を叩き、それから突き倒したのである。

「サルコリは、サルコリの中で生きるがいいわ。穢れた者は、穢れた中で生きるべきなのだから」

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