星月夜

 最後の夜。

 邑人たちは、それぞれの思惑を胸に、天幕の中の闇を見つめている。

 ラシェやヨッカといった、親密な者の身を心配する者たち。

 ソワクやラハムのような、来たる未来に考えを馳せる者たち。

 カバリやその手の者のような、カサたちに対して善からぬ感情を持つ者たち。

 エルやコールアのような、複雑な思いを持つ者たち。

 そして渦中のカサ。


 カサは、緊張に混乱する頭の中を、何とか整理しようとしている。

 恐れがあり、懸念があり、そして心残りがある。

 それらを処理できないまま、最後の夜になってしまった。

 もはや猶予は無く、明日朝には邑を発たねばならない。

――ラシェ……。

 涙にくれるカサの愛しい恋人。

 彼女の無事を願い、カサは長い夜を思い悩む。



 同時刻、ガタウの天幕。

 今日まで永く雌伏しつづけた男の、最後の情念。

 誰にも明かさず、内に秘めつづけた消ええぬ炎の残り火を、ガタウはついに燃やす機会を得たのだ。

――………。

 脳裏に誰かの名が浮かび上がりそうになる。

 女の名だ。

 だがその印象が、はっきりとした形を取る事はない。

 もう何十年も、ガタウはその女を記憶の壺に押しこめ、封をして生きてきた。

 巌のような彼の精神が、遥かな過去に愛した女などもはや思い出す事はないであろう。

 それがガタウという戦士であり、選んだ生き方なのだ。


 天幕の外で月が昇る。

 弱い光で、砂漠をあまねく照らしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る