厄介の種の数
夫が大きな荷物を背負ったサルコリの娘と男児、そして何十人もの邑人を引き連れてきたのを見て、ゼラは仰天する。
一体何が起こったというのだろう。
大地のどこをどう踏んづけて、どんな風が吹けばこんな大袈裟な事態がまかり起きるというのであろう。
さっきまでは平和な一日が順調に進んでいるだけであった。
今では見当もつかない事態に巻き込まれている。
とはいえそこで人生云々と考え出すほど、ゼラは尻の重い女ではない。
子を三人も産み、四人目を授かっている母である、この程度で驚いていては戦士の妻など務まらない。
「一体なんなの?」
ゼラが夫にだけ通じる顔を見せる。
この顔を見せられたとき、ソワクは何もかもの説明をゼラから強要されるのである。
「いや、それが俺にも良く解らん」
摩訶不思議な表情で、ソワクが首をひねる。
どうやら夫も持て余しているらしい。
「で、お客は、そこの二人だけだよね」
後ろの数十人がみな関係者と言うのならば、それはもうゼラの手に余るのである。
「ああ。そこだけは間違いない」
ソワクはまだ首をひねっている。
事態についていけないのは、ソワクとて同じであるらしい。
ゼラはラシェとカリムを招きよせ、
「取りあえず、二人とも中に入りなさい。荷物はそこに置いておいて、ソワク。あんたはこの鬱陶しい人だかりを払っておいて。まったく、気が静まらないんだから」
「で、でも……」
ラシェは躊躇している。
このように大きなバライー(家族用天幕)に足を踏み入れた事もないのも理由の一つなのだが、なにより荷物を目の見える所に置いておきたいのだ。
「大丈夫、誰も盗ったりはしないよ」
ラシェの躊躇を察してゼラ。
だがその言葉を、ラシェは素直に受け取れない。
――こんなに汚い天幕、誰も盗ろうとしないという事だろうか。
そんな邪推もゼラにはお見通しで、
「ここは戦士階級二十五人長の、ソワクの天幕よ。その客の荷物に手をつける不届き者なんていやしないから、安心なさい」
わずかに言葉を交わしただけだが、ソワクと呼ばれたこの大男に、皆が敬意を払っているのはラシェにも分かる。
「……分かった」
恐る恐る荷を降ろすと、カリムもラシェの隣で荷を降ろし、どこかへ走ってゆく。
「あ、カリム! 待ちなさい!」
「放っておきなさい。子供は遊ぶのが仕事よ」
ゼラがそれを押しとどめる。
「それとも、あの子にも聞かせたい話なのかい?」
少し考えて、首を振るラシェ。
ゼラが天幕の中から二番目の子と下の子を追い出す。
「お昼まで遊んでらっしゃい! お昼になったら、あの子も連れて帰っておいで」
あの子とはカリムであろう。
走っていったゼラの子らは、まだ三歳と二歳だが、ゼラの言葉を聞いた誰かが二人を連れて帰ってきてくれるだろう。
子供の世界にも、掟はあるのだ。
「入りなさい。遠慮なんてしないで」
いつの間には、ソワクは人払いを終えている。
すっかりゼラに主導権を握られた形で、ラシェが天幕の中に入る。
分厚い戸幕をあげるのにてこずりながら転がり込むと、中にはゼラとは別に女が一人いた。
若く美しい女だ。
むこうもこちらに視線を送りながら戸惑っている。
「そこに座って」
ゼラに促され、若い女の斜向かいに座る。
まじと見るとゼラによく似ている。
エルである。
ゼラの妹で、歳はラシェより一つ上になる。
ラシェはエルの事など知りもしないが、エルはラシェを知っていた。
カサの恋人の、美しいサルコリの女。
あのカサが、サルコリ女を救うために邑全体を敵にまわしたというから、それは話題になるだろう。
邑の女の関心を独り占めしているカサを、独り占めしている女、それがラシェなのである。
エルもまた、カサに心惹かれる一人だった。
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