正論を担う者

「あの時、大戦士長だけが、何も話さなかった。カサの責任を問う声も多かったのに、カサを戦士として残したのは、この事を知っていたからではないのか」

 カサを戦士階級から外すべきいう声は大きかったが、ガタウ一人がカサを戦士として残すと譲らなかったのだ。

「見ては、おらぬ」

 ガタウは、前方を見ずとも見て言う。

「だが、判ってはいた」

「何をもって?」

 バーツィが重ねて問う。

「その男の槍だけが、戦いの場より離れた場所に放り出されていた。ついで倒れた者達や落ちていた槍を検め、それらの配置から判断した」

 その男とはトナゴ。

 もはや戦士ですらないという意味も込めて、ガタウはそう呼ぶ。

「背を見せたせいであろう、戦士ブロナーの一の槍はわずかに外に逸れていた。故に獣を足止めできなかった。その後の新顔戦士二人は万全の位置から槍を突いたが力足らず、毛皮すらつらぬけていなかった。そして、獣に対して、唯一手傷を与えていたのが――」

「カサ、だと?」

 ガタウの言葉を引き継いだのは、ソワク。成る程、カサならばできたかも知れぬと、一人納得する。

「ならば何故、その時に伝えなかったのか?」

 バーツィは問い詰めるが、

「信じたか」

「――む」

「十四の子供が、あの場にて唯一獣に手傷を与えたなど、貴様には信じられたか」

 確かに今のカサならばともかく、当時では容易に信ずる事などできなかっただろう。

 もっともな話ではあると、バーツィは引き下がる。

 一連の詮議を他人事のように眺めながらも、カサは不思議な面持ちでいる。

 あの夜生じた齟齬は、カサの欠けた腕と同じく、一生このまま砂漠に残ると思っていた。

 それが今、目の前ですべてがつまびらかにされ、あの惨劇についての誤りが正されてゆく。

 カサの戦士の経歴において、唯一の汚点とされていた事件が修正され、今後あの事件は、歳若くして才能の片鱗を見せた成長の一部と認識されるようになるだろう。

 いずれひせよ当のカサには興味がない。

――いまさらそれで、何がどうなるものでもあるまい。

 評価が正されたというのに、カサに問題が解消された感覚はない。

 すでにあの事件はカサの心の一部、欠けた腕での生活と同じく心身を形造る一部だった。

 回りの認識など、カサにはどうでもよかった。

「これより、大戦士長から処分が下される」

 四人の二十五人長とガタウが、一言二言交わし、バーツィは判決をガタウに託す。

「六人は皆、戦士階級からの追放を命ずる」

 トナゴが悲鳴のような声を上げる。

「俺じゃない! あいつなんだ! 本当にあいつなんだよ!」

 引き際を知らぬ醜さ。

 何ゆえこの男が、今日までこの誉れある戦士階級に属していたのだろう。

 わめくトナゴが、キジリと共に戦士たちに引き立てられ、天幕から引きずり出される。

「もう一方の戦士には、三日の謹慎を命ずる」

 こちらはカサへの処罰。

 非は無いとはいえ、戦士階級において暴力沙汰は掟破りには違いない。

 何の咎も無いというのであれば、後々憂いを残そう。

「はい」

 カサも諾々と頭をたれる。

「そしてもう一人、こたび証言した戦士」

 シジだ。

「その処分はこの後追って決める。戦士長とともに、ここに残るよう」

「はい」

 シジは諾々とこれに従う。

 全てをつまびらかにしたからには、もはや観念しているのであろう。

「それではこれにて解散。各自、天幕に戻れ。戦士としての誇りを努々忘れぬよう」

 ガタウのこの言葉をもって、集会はお開きとなった。

 空気が緩み、人々が緩慢に散ってゆく。

 カサはシジに声をかける。

「――シジ」

 シジがカサをふり向き、膝をついて謝罪する。

「……すまん」

 カサの顔には、怒りも憎しみも無い。

 ただ穏やかな、いつもの表情を浮かべている。

「いいよ」

 そして、カサはシジを許す言葉を与えた。

「――ありがとう」

 シジの目に、己を恥じる涙がにじむ。

 傍を通りすぎる戦士たちは、そんな二人を見てみぬふりする。

 シジが戦士長に伴われ、ガタウやソワクのいる所に向かう。

 彼への罰が、重いものでなければよいとカサは願う。

「待て。まだ終わっていない議題がある」

 場内ほっとした空気をかもす中、厳しい声で詮議の継続を望むものがいた。

 二十五人長、ソワクだ。

「戦士カサは戦士階級において、どでかい過ちを犯した。それを正さぬ限り、この手の問題は繰り返し起こる」

 皆、ソワクが何を言いたいのかわからず困惑する。

「言ってみよ」

 ガタウが促す。

「カサは俺たちに嘘をついた」

 シンとする。

「カサがあの夜の事を語らなかったせいで、今日まで間違いが放置された。それ故戦士階級はあんなバカどもを抱える事になったのだ。よって、カサへの沙汰が三日の謹慎程度では、納得できない」

 誰もが――あ、という顔をする。

「お前のせいで、戦士階級は今夜大恥をかいた。なぜあの夜の事を語らなかった!」

 ソワクの目には涙が滲んでいる。

 その目は、親友に裏切られた悲しみに満ちている、

――そうか、僕は長い間、ソワクを騙していたんだ。

 語ってどうなるものでもない、等と独りごちていた己の身勝手さを思い知らされ、カサがうなだれて恥じいる。

「よかろう」

 ガタウが言う。

「二十五人長ソワク、一発思いきり殴れ」

 ソワクはその通りにした。

 そして涙混じりに吠えた。

「カサ! 貴様は戦士なのだ! 狩りにおいて、二度と嘘をつくな!」

 倒れたカサに拳を見せつけ、重ねて言う。

「俺がお前の事をわかってやれぬなどと、二度と思うんじゃない!」

 殴られた頬よりも、ソワクの言葉のほうがはるかに痛かった。

「――ごめん、ソワク」

「もう罰は受けた。お前は罪人ではない」

 ソワクはカサを助けおこし、カサは素直に従った。

 あっさりしたものだった。

 それからソワクはガタウに向かって、

「大戦士長ガタウ、黙っていたのはあんたもだ。俺たちを見くびるな」

 そして付け加える。

「俺があんたの言葉を信じぬなどと、二度と思わないでくれ」

 ガタウは何か言おうとしたが、考え直したように

「そうだな。戦士ソワクの言葉は正しい」

と答える。

 左様。

 ソワクの言葉はこの長い夜で、誰よりも正しかった。



 全ての儀を終え天幕を出ると、夜空の星はいつもより目映く見えた。

 清廉な夜気を胸いっぱいに吸い込み、カサはこの長い一日を振り返る。


――疲れたな……。


 カサらしい、なんとものん気な感想だった。

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