裁定

 その夜、熱気冷めやらぬうちに、すべての戦士たちが戦士階級の大天幕セイリカに集められた。

 こちらでも、カサに対する処遇を協議するためである。

 議題はラシェとの事ではない。

 ウハサンたちとの、暴力沙汰の方を対象にしたものだ。

 とはいえ先ほどの騒動で些細は判明しており、カサに非は見当たらず、いまさら重い処罰を望む声はない。

 ラシェの身分は戦士階級内部のいざこざにおいて、何の影響力もない。

 だが、カサの話だけで断ずるというのは、あまりにも一方的である。

 建前で場を設けるも、肝心のウハサンたち六名のうち、出て来れたのはトナゴとキジリの二人のみ。

 そのトナゴは顔の右側を片目が塞がるほど大きく腫らし、あらゆる物音におびえを示す。

 もう一人のキジリは時折苦しそうに腹を押さえ、血の混じった胆汁を吐いてうずくまる。

 ここにいない者のうち三人は立ち上がる事もできず、一人は意識がもどらず、明日の生死さえ判らないという。

 重篤なのは、ラヴォフ。

 戦士階級でさえ持て余していた根腐れ者で、誰一人同情する者はなく、そうなってむしろ清々したと捉えられている。

 ラヴォフばかりではない。

 今回問題を起こした六人組は、戦士階級における落ちこぼれ集団、愚連隊であった。

 真面目なカサにあてつけるように鍛錬を怠っていた負債を、支払う時がついに訪れたのだ。

 中でも最も問題視されたのは、このトナゴ。

 直前の遠征で、遭遇した獣に背を見せ狩りをぶち壊して犠牲を出し、そして今日また、集団で女をかどわかすという恥ずべき行為に加担した。

 通常戦士階級では、不始末ふくめ処分は祭りの後、冬営地への移動前もしくは夏営地に戻った後とされている。

 慣例にならい沙汰は保留とされていたが、もはや猶予はならぬとこの場でまとめて処分される事となった。

「つまり、ウハサンがお前に女をかどわかす事を持ちかけたのだな」

 仕切るのはバーツィ。

 そして証言するのはシジである。

 ウハサンに誘われた中で、唯一仲間に加わらなかった男。

「はい」

 シジは淡々としている。

 上座に戦士長たち、下座に戦士たち、その二つに挟まれるように、片側にカサ、もう片側にトナゴとキジリが離されて座っている。

 その間に立ったシジが、バーツィの尋問に答えるという形で詮議は進む。

「そして、夕刻それをカサに伝えた」

「はい」

 ふうむ。

 バーツィがうなずく。

 対応は遅かったものの、今回の件だけに限っては、シジは重い罪に問えるような行為に手は染めていない。

 関係者ではあるが、これ以上何も訊く事はないだろう。

 そう思っていたら、

「これが、初めてではないのです」

 シジがはばかりつつも証言をつづける。

 これまでの事をすべて吐き出してしまうつもりの様だ。

「初めてではない、と?」

 バーツィはどういう事だという顔をしたが、ソワクには思い当たる節がある。

「カサが狩り場で顔に傷をつくった時の事か?」

 シジが答える。

「はい。それと、その前にも一度」

「莫迦者どもが……!」

 場内に、罵倒と憤怒の鼻息が漏れる。

 姑息なやりくちには、同情の余地すらない。

 六人とも即刻、戦士階級から放り出してしまうべきだというのは、その場全ての者の共通認識だ。

「ウハサンに誘われ、カサの女だという理由で、六人がかりで女をかどわかそうとした。その前にも、集団でカサを痛めつけた事がある。以上間違いないな?」

 キジリは黙ったままうつむいていたが、トナゴが騒ぎだす。

 このままでは糾弾が全て自分に向くと焦ったのだ。

「何もかも、そいつが悪いんだ! ヤムナを殺したくせに、大戦士長に可愛がられたってだけで戦士長なんかになりやがって!」

 腰紐抜けトナゴの身勝手な弁明。

 そしてその姑息さから、言わなくても良い事まで口走ってしまう。

「最初の狩りで、死人が出たのはあいつのせいじゃないか! あいつが逃げ出したから、ヤムナが死んだんだ! なのにどうして俺だけが罰を受けねばならないんだ!」

 カサは無表情にトナゴを見る。

 この期に及んでもまだ己の弱さを直視せず、カサにありもしない罪をなすり付けまくしたてる。

「あいつが逃げたせいで、全部が反故だ! ヤムナはあいつなんかよりもずっと有望な戦士だったのに、それが悔しくて、あいつが殺したんだ! そうに決まってる!」

 喚きたてるトナゴに、シジが怒りを込めてにらみつけ、

「あの時、あの狩りで、獣に背を向けたのは……っ」

 トナゴを指差す。指されたトナゴが、目に見えてうろたえる。

「トナゴ、お前だろうが……!」

「ヒィッ……!」

 シジの怒声に腰が砕けたトナゴは、うめくばかりで意味のある言葉は何も話せなくなる。

――やはりか……。

 とか、

――成る程な……。

そう言いたげな蔑みの目が集まる。

「あの時、戦士長ブロナーが一の槍を突こうとしたその直前……っ」

 シジもまた、この事で苦しんでいたのだ。

 両拳を力の限り握りしめ、怒りに歯を食いしばらせながら、ついに吐き捨てる。

「お前が背を見せ逃げ出したのだぞ!」

 もう一度大きく指をさす。

「ち、違う……!」

「違うものか……!」

 肩を怒らせ、シジはあらん限りの声で叫ぶ。

 興奮しすぎて息が荒い。

 その背中を見つめながらカサは、覇気が感じられないと言われがちなこの男が、あの夜の惨劇でいかに苦しんでいたのかを知る。

――辛かったのは、僕だけじゃないんだ。

 少しだけ気が楽になる。

 最近はウハサンたちとは行動を共にする事のなかったシジだが、今までの経緯いきさつによるこの男への不信が、子供が作った砂山がスィエガロ、砂を巻き上げる強い風に吹き散らされるように、平らにならされてゆく。

「――それは、真か」

 シジは肩で息をし、苦労してつばを飲み込み、

「……はい」

 それだけ、何とか言う。これを受けてバーツィが、

「大戦士長に、問いただしたい」

 ガタウに発言を求める。

「何をだ」

 即座に応ずる。これまでの証言を聞いてなお、頬ひとつ動かす事のなかった男である。

「大戦士長。もしや、この事を知っていたのではないか」

 百人の戦士すべてが、一斉にガタウを見る。

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