準備
その深夜。
カサの天幕に、ガタウがやってきた。
「お前に残された時間は僅かだ」
大荷物を手に、いきなりである。
「今日から三日間、その全てをかけて、お前は用意しなければならん」
「真実の地へ、
ガタウがうなずく。妙にそわそわしているカサに、
「女に逢いに行こうと思っているのではあるまいな」
図星である。
「貴様は三日間の謹慎だ。用を足す時以外、ここから出る事はまかりならん」
ガタウがそう言うのだから、カサは従わない訳にはいかない。
しゅんと縮こまり、さびしそうな顔をする。
こうなると、余計にラシェに逢いたくなるのは自然な心情であろう。
「本来真実の地へは、宣言した翌日に出発するものなのだ」
性急な話にカサはあわてる。
「じゃあ、僕は」
「謹慎の最中に動くことは
なんと、それでは本当にラシェに逢う時間など無いではないか。カサは途方にくれる。
「そんな、それじゃ、だって……っ」
考えがまとまらない。カサがここまでうろたえるのには理由がある。
カバリに食い下がった際、ラシェは気になる事を言っていた。
――最初に私をかどわかそうとしたのは、サルコリのゾーカ。
つまり、サルコリにもラシェを狙う人間がいると言うのである。
それも男を取らせるためだという。
しかもラシェは、そいつに手下がいるとまで言っていた。
――何とかしないと……!
今この時にも、ラシェの身に何かあるかもしれない。心は逸るが、当面出せる手はない。
「あの娘の身ならば、心配するな」
「え?」
「それなりの者に任せてある。悪い事にはならぬだろう」
ガタウの言葉である、信じぬわけにもゆくまい。
詳細が気になったが、とりあえずは我慢しておく。
ガタウが傍らに置いた荷物をカサに投げよこし、
「今から細かい作業を教える。今晩中に、その分全てを済ませろ」
手渡された荷を広げてみると、干し肉と燻製肉の塊、そして岩塩であった。
行き帰りの糧であろう。
だが、作業とは何の事なのだろうか。
「真実の地を行く最中では、ゆっくり眠る間も無くなる。一々肉を取り出して切り分けていれば、命が幾つ有っても足りぬ」
それほど厳しい場所だと言う。
カサはガタウの言葉を待つ。
「肉は小分けにして、この袋に詰めておく。岩塩も砕いて、同じ所に分けて入れろ。それが一食分だ」
ガタウが袋と呼んだ物は、なんとも形容しがたい物であった。
形からすれば、腹から腰に巻く物なのだろう。
だが腹帯にしては太く、面積が大きすぎる。小さく区切られた物入れが、裏表一面に縫いこんであり、あえて表現するなら胴巻きとでも呼ぼうか。
「これ、体に巻くと、裏側が取りにくくはないですか?」
「表に入れた物が全て無くなれば、裏を返して体につける」
成程、カサは少し考える。
「それも無くなれば?」
「その頃には、生きてはいまい」
カサは息を呑む。
厳しい言葉よりも、ガタウから向けられた眼光の鋭さに。
「甘い考えで生きて帰れると思うな。真実の地とは、そういう場所だ」
ゴクリ。
生唾を飲み込む音が、耳の中で響く。
いまさらながら、自分の選択の無謀さにカサはひるむ。
「始めるぞ。それを貸せ」
ガタウが作業にとりかかる。
カサが要領を覚え、ガタウが天幕を出ようとした時に、
「シジは、どうなりましたか?」
ずっと気になっていた事を訊く。
「
カサはホッとし、後は作業に没頭する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます