準備

 その深夜。

 カサの天幕に、ガタウがやってきた。

「お前に残された時間は僅かだ」

 大荷物を手に、いきなりである。

「今日から三日間、その全てをかけて、お前は用意しなければならん」

「真実の地へ、おもむく為の——ですね」

 ガタウがうなずく。妙にそわそわしているカサに、

「女に逢いに行こうと思っているのではあるまいな」

 図星である。

「貴様は三日間の謹慎だ。用を足す時以外、ここから出る事はまかりならん」

 ガタウがそう言うのだから、カサは従わない訳にはいかない。

 しゅんと縮こまり、さびしそうな顔をする。

 こうなると、余計にラシェに逢いたくなるのは自然な心情であろう。

「本来真実の地へは、宣言した翌日に出発するものなのだ」

 性急な話にカサはあわてる。

「じゃあ、僕は」

「謹慎の最中に動くことはまかりならぬ。解けてから、つまり四日後の朝だ」

 なんと、それでは本当にラシェに逢う時間など無いではないか。カサは途方にくれる。

「そんな、それじゃ、だって……っ」

 考えがまとまらない。カサがここまでうろたえるのには理由がある。

 カバリに食い下がった際、ラシェは気になる事を言っていた。

――最初に私をかどわかそうとしたのは、サルコリのゾーカ。

 つまり、サルコリにもラシェを狙う人間がいると言うのである。

 それも男を取らせるためだという。

 しかもラシェは、そいつに手下がいるとまで言っていた。

――何とかしないと……!

 今この時にも、ラシェの身に何かあるかもしれない。心は逸るが、当面出せる手はない。

「あの娘の身ならば、心配するな」

「え?」

「それなりの者に任せてある。悪い事にはならぬだろう」

 ガタウの言葉である、信じぬわけにもゆくまい。

 詳細が気になったが、とりあえずは我慢しておく。

 ガタウが傍らに置いた荷物をカサに投げよこし、

「今から細かい作業を教える。今晩中に、その分全てを済ませろ」

 手渡された荷を広げてみると、干し肉と燻製肉の塊、そして岩塩であった。

 行き帰りの糧であろう。

 だが、作業とは何の事なのだろうか。

「真実の地を行く最中では、ゆっくり眠る間も無くなる。一々肉を取り出して切り分けていれば、命が幾つ有っても足りぬ」

 それほど厳しい場所だと言う。

 カサはガタウの言葉を待つ。

「肉は小分けにして、この袋に詰めておく。岩塩も砕いて、同じ所に分けて入れろ。それが一食分だ」

 ガタウが袋と呼んだ物は、なんとも形容しがたい物であった。

 形からすれば、腹から腰に巻く物なのだろう。

 だが腹帯にしては太く、面積が大きすぎる。小さく区切られた物入れが、裏表一面に縫いこんであり、あえて表現するなら胴巻きとでも呼ぼうか。

「これ、体に巻くと、裏側が取りにくくはないですか?」

「表に入れた物が全て無くなれば、裏を返して体につける」

 成程、カサは少し考える。

「それも無くなれば?」

「その頃には、生きてはいまい」

 カサは息を呑む。

 厳しい言葉よりも、ガタウから向けられた眼光の鋭さに。

「甘い考えで生きて帰れると思うな。真実の地とは、そういう場所だ」

 ゴクリ。

 生唾を飲み込む音が、耳の中で響く。

 いまさらながら、自分の選択の無謀さにカサはひるむ。

「始めるぞ。それを貸せ」

 ガタウが作業にとりかかる。

 カサが要領を覚え、ガタウが天幕を出ようとした時に、

「シジは、どうなりましたか?」

ずっと気になっていた事を訊く。

とがめなしだ」

 カサはホッとし、後は作業に没頭する。

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