職種と階級

 衣、食、住と言うが、生命にとってもっとも大事なのは言うまでもなく、食料である。

 特に原始的な社会の場合、生活は食糧事情を中心に回る事が多い。

 この部族もまたそうである。

 部族にとってもっとも重要な職は戦士モークオーフ

 これは食料の生産量が全職種の中で最大だからだ。

 つづいて重要とされているのは、食料の貯蔵や供給を担う食糧管理階級カラギ、実質邑の食糧事情を支えているのは、この二つの職集団である。

 中にはザンゼ(畜産階級)という小さな集団もいるが、生産量は比べ物にならぬほど少ない。

 彼らの仕事の多くは、冬営地と夏営地を移動する際の、車を引くラバの世話なのである。

 カラギによる穀物等の食糧生産も、実をつんだり根菜を掘ったりで、年端の行かない子供でもできる仕事が多い。

 ところが、戦士の労働は代替できない。

 自分たちよりも大きな獣への狩りは、屈強な男でも命がけである。

 そして、邑の動物性タンパク質の補給は、ほとんどすべてがこの選ばれた男たちに委ねられている。

 さらに生きるに必須の塩の購入も、戦士の持ち帰る毛皮と牙とに頼っている。

 戦士階級の男たちがいなければ、邑は飢えて干上がる。

 ゆえに戦士は、邑で最も重要な存在なのである。

 いまや野心は崩壊し、己の存在意義を手ひどく揺さぶられ、カバリは感情を抑制できなくなっていた。

「そいつは、サルコリではないか! 何の仕事もしていないではないか! 邑に、何の貢献もしていないのだぞ!」

 発言すべて繰り言である。

「邑長も同じだ。あなたも何も作らず、何もしない」

「ハハハハハ!」

 カサの切り返しに、笑い出したのはソワクである。

 かつて自分が口にした言葉ながら、なかなか巧い事を言うと、感心すらしている。

「重大なる、む、邑長の仕事を、サルコリごときと一緒に……!」

 もはや興奮で、言葉すら滑らかに出てこない。

「仕事なんか、憶えれば良い。ラシェは唄と踊りが上手いんだから、巫女にだってなれる」

「……み、巫女を、サルコリなどと……!」

 カバリは昏倒しそうになる。

 巫女は、邑でもっとも清らかな存在なのである。

 間違っても穢れたサルコリなどと比べられる存在ではないのだ。

「でも、巫女は結婚できないから、それは困るけど……」

「もう……! カサ……!」

 どうも間の抜けたカサに、ラシェが低い声で叱る。

 戦士たちの何人かが、忍び笑いをもらす。ソワクなど、肩を揺らして笑っている。

「そいつはサルコリなんだぞ!」

「サルコリだ。だけどそんな事に、何の意味もないんだ」

 サルコリとベネスの違いに意味がないというのなら、すべてに意味がなくなってしまう。

 サルコリがいてこそ、保たれる社会があるのだと、カバリは信じているのである。

 踏みつけられる人間がいてこそ、心が平静になれる人間がいるのだと。

 カバリ自身がそういう人間なのである。

 だがカサは言う。

「この邑ではないけど、イサテの邑には、サルコリが無いと聞いた!」

 カサの声が響き渡る。

 サルコリが、無い。そんな邑があるのかと動揺が走る。

「サルコリなんて、大きな邑にしかない。多くの邑には、サルコリなんてものは無いんだ」

「嘘だ!」

 カサの言葉に、カバリが激烈に反応する。

「サルコリが無いなんて、そんな事があるはずが無い! 皆を謀るのも大概にしろ!」

 もちろんカバリは知っていた。

 だがサルコリに罪が無いなどとのたまうのは、生まれに貴賎が無いと主張するのと同じである。

 それはカバリのごとき立場の者たちにとって、看過できない思想なのだ。

「そうだ! 嘘をつくな! 貴様のような奴がいるから、サルコリが俺たちの食料を奪うのだ!」

「この盗人め! 貴様は、盗人の手先だ!」

 食糧事情の悪かった、あの冬の事を言っているのである。

 サルコリたちの居住区に累々転がる死者の数を無視して、そういう声を上げる傲慢さ。

「盗人!」

「盗人!」

「この盗人め!」

 これには、ラシェが腹を立てる。

「私は人の物を盗んだ事なんて無いわ!」

「嘘をつけ! このサルコリ女め!」

「毎日のように物を盗んでいるに決まっている!」

 狂ったように叫ぶのは、カバリの手の者たちだ。

 己自身に誇りを持てぬ人間たち。

 反して戦士階級の人間には動揺がない。

 皆、いざとなれば自分一人でも生きてゆける。

 日々鍛錬を重ね、そして己の力量のみが問われる世界に生きる彼らには、生まれの貴賎など考える価値もない。

 ここで俯瞰して天幕内を見渡すと、戦士たちと邑長の争いの乱闘に、加わっていない者たちが一番多いのが判るだろう。

 安全な場所に移り、遠巻きに眺めているだけである。

——これは、邑長の分が悪い。

 そんな空気を嗅ぎ取った邑長派の誰かが、カサとラシェに小石を投げはじめる。

 それは戦士たちに届かなかったが、皆が手元足元にあるものを拾い、カサたちに投げつける。

 狭い天幕の中で、一斉につぶて投げが始まる。大きな怪我をするほどの物はないが、視界をさえぎられ、鬱陶しい事この上ない。

 その間にも、

「嘘つき!」

だの

「盗人!」

だのという、薄弱な罵倒が飛び交う。

 そこに

「カサは、嘘つきなんかじゃない!」

誰も予期せぬ方向から、大きな声が響き渡る。

 大柄で、恰幅のいい女。

 カサの育ての親、ソワニ(子育て階級)の長の一人、セテである。

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