長たる存在の意義

「サルコリの娘と通じ……!」

 だが、いかな戦士階級の反撃に遭おうと、それで引き下がるカバリではない。

 でなければ、かような野心を抱いたりはしない。

「あまつさえそのサルコリ娘をかばい……!」

 ラシェがカサの腕の中で身をすくめる。

 カサはラシェを支え、カバリを向く。

「大巫女の天幕で、このような無体をしでかし……!」

 怒りをあらわにする。

 ラシェはおびえるが、邑長の強気が演技である事にソワクら戦士長たちは気づいている。

「それが貴様らの道理だと言うのか!」

 カバリの言う道理、それは掟や倫理観、社会通念の全てをひっくるめた、集団の共通意識の事である。

 要は多数派の偏見と先入観だ。

「……サルコリの、何が悪いと言うんだ……!」

 応じたのは、カサだ。燃えるような瞳で、カバリを射抜く。

「サルコリの、どこがいけないと言うんだ!」

 これがカサの本心であり、カサが納得できないただ一点である。

――サルコリの、何が悪いのか。

 この根本的な問題を知る者は、ベネス、サルコリ、どちらにも少ない。

 この場においてそれを問題視するのは、当事者のカサとラシェだけである。

「サルコリは、サルコリだから悪いのだ!」

 興奮に震えた指を突きつけ、見下すようにカバリが言う。

「そう、ラシェはサルコリだ」

 真っ向受けて立つカサ。

「サルコリは、穢れている!」

「そうだ! サルコリは穢れているじゃないか!」

「やつらは年中、汚い服を着ている!」

「働きもせず、俺たちのおこぼれに預かってばかりじゃないか!」

 取り囲む男たちが勢いを取り戻す。

 腕力でかなわないなら、口でという事だろう。

 わずかに優位に立てる一点にしがみつくように、彼らは似たような主張をくり返す。

 やれサルコリは怠け者だとか不潔だとか、貧しい悪態を、口角泡を飛ばして口々に叫んでいる。

「ラシェは、穢れてなんかいない」

 カサはカバリだけを見ている。

「ラシェは、僕の知っている女の子の中で、一番綺麗な娘だ」

「フハッ!」

 的外れなカサに、ソワクが可笑しそうに肩をゆする。

 いきなり持ち上げられたラシェは、首まで真っ赤だ。

「それに、ラシェは怠け者なんかじゃない」

「サルコリじゃないか!」

 誰かが叫ぶが、つづく者はいない。

「朝は僕らの誰よりも早く起きて、水を汲んでいる」

 カバリは何も答えない。

「子供の世話をしながら、食事の用意をし、服のつくろいだってする」

 ラシェが、カサを見上げている。

 背を向ける戦士以外の目は、今すべて、このカサに向けられている。

 その横顔は繊細ながら精悍で、その瞳は寂しさをたたえながらも情熱に灼けている。

 ラシェの胸の高鳴りが止まらない。

 そして遠巻きにそれを見ていた邑長の娘コールアが、激しい嫉妬の炎を燃やす。

 あんなに優しい顔を、カサはあのサルコリの娘以外の、誰にも見せないのだろう。

 あれほどカサが真剣になるのは、他の誰のためでもなく、あのサルコリの娘のためだからなのであろう。

――それがどうして、私ではないの……!

 気が狂いそうな屈辱。

 自分の方がカサにふさわしいはずなのに、自分こそ、栄えある戦士カサにふさわしい女だというのに、カサはコールアに一瞥たりともくれようとはしない。

 腕にはラシェ、心にもラシェ、そして今も、そのラシェを守るためだけに、邑長カバリと対決しているのである。

 その全てが欲しかった。

 カサの腕の中には、本来自分が居るべきであった。

「もしも、ラシェが怠け者だというのならば、ここにいるほとんどの人間は、怠け者だ」

「……たかがサルコリじゃないか。やつらは俺たちのおこぼれで生きているんだ」

 誰かが言う。

「あなたは、僕ら戦士の狩った肉を口にしないの?」

 カサに急に問い詰められ、男はうろたえる。

 機織階級の、エスガだ。

「俺たちは、機を織る。お前も、服を着るではないか」

 ソワクがショオを肩から抜き、エスガの顔に投げつける。

「お前は今日から肉を食うな」

 エスガが気まずそうに黙り込む。

 服など無くても生きてゆけるというソワクの主張に、返せる言葉を持たないのである。

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