争点

 議場は紛糾したままだが、流れが決まりつつある。

 決定に向けて、心理的な折衝が始まっている。

 意見はすべて出尽くし、後は邑の掟とそれぞれの感情を秤にかけた決定を下す、最終段階に来たのだ。

 詳しくは次のようなやり取りが、焦点として繰り返されている。

「なるほど、あの戦士の資質は人並み以上だと言う。だがそれが果たして、罪の軽減に値すると言えるのか」

「戦士階級の人間は、罪を犯しても、問われないと言う事か」

「なるほど、罰を受けない戦士ならば、そのような考え方ができるのだな」

 これが邑長側勢力の意見。

 つまり矛先は、戦士階級のありように向いているのである。

 これに応ずる戦士階級側は、

「まずカサの意見を聞いてみるべきだ」

「戦士階級の人間とて、罪を犯せば罰を受けるのは当然である。だが、たかだかサルコリ娘との姦通で、それほどひどい罰を受ける必要はないのではないか」

「カサはこれまでに、多くの獣を斃し、邑に多くの食料や牙、毛皮をもたらしてきた。そういった事も考慮せずにいきなり処分というのは、納得できない」

 という具合に、勢いは弱まりつつあるもの、カサだけは何があろうとも守り抜く、という立場は譲らない。

 気鋭の戦士と、どこの誰とも知れぬサルコリ娘。

 二人への対応の差は、邑における重要性と立場の差を、はからずも明確にした。

 カサは懊悩する。

――何とかラシェを救わねば。

 ラシェは、静かだ。

 何も話さず、何も聞こうとしないようにしているとも見える。

 そろそろ頃合いかと、カバリが身を起こし、そして、満場の注目を引くように手をかざす。

「フム、もはや意見は出尽くしたようだ」

 皆が静まり返る。そして、注目する事によって、裁量権がカバリに移る事になる。

 この後、カバリが断ずる言葉が、カサとラシェ、二人の判決となるのだ。

「戦士といえども、罪には罰で応えねばならん」

「待ってくれ……!」

 遮ろうとするソワクを、バーツィが止める。

「待て戦士ソワク。まだ邑長は何も言っていない」

 ソワクが身を引いたのを確かめ、カバリはまた手を上げて注目を集める。

「とはいえ、掟を破った男は、優秀な戦士であると言う」

 皆が、カバリの言葉に耳を澄ませる。

 そして、充分に間を持たせた後、カバリは厳然と下す。

「戦士には、十。サルコリにも、十。それだけ打ち据える事を命ずる」

――オオ!

 どよめき。

 ガタウを目の敵にしている邑長にあっては、あり得ないほど軽い処分。

 ラシェはともかく、カサならば、十ほど打ち据えられても、やがては回復し、また同じような優れた槍を見せてくれるだろう。

 そして、同じ罰で済むというのなら、カサは必ずカバリに恩を覚えるであろう。

 そこまで見越しての決断である。

 戦士階級は一様にホッとした顔を見せるが、対する邑長派は収まらない者もいる。

「待ってほしい! それでは罰が軽すぎはしないか!」

 立ち上がりわめくのは、グラガウノ(機織階級)の職長の一人、エスガである。

 いつもカバリの傍にいる、邑長の意のままに動く、あの男である。

「もはや下った判決だ。覆す事は、許されぬ」

 カバリはチラと戦士たちを見、

「しかし邑長……!」

「控えよ」

 強い口調のカバリに、エスガは文句を押さえ込まれる。

 このやり取り、事前に打ち合わせされていたものである。

 憤る邑人を邑長が抑える事によって、戦士階級に小さな恩を売り、それをいつまでも保持し、今後彼らに対して圧力を掛けんとする狙いである。

 むろん戦士階級やその周りの者はそんな思惑を看破してはいるが、不利な立場でそれを指摘しても、情勢は改善しない。

 それでも、この臭い芝居には効果がある。

 議論は一気に収束し、カバリの言葉によって終わりを見せるという事は、実質彼こそ邑の最高権力者であると認めたに等しい。

 唯一対抗できる人間である大戦士長ガタウは、ここまで瞑目をつづけ、一切動かない。

 これにて、討議はすべて終了した。

 皆がそう思ったときである。


「そんなの、おかしいわ」


 女の声。

 皆が驚く。

「だって、その人は何も悪いことをしていないもの」

 口を開いたのは、例のサルコリの娘だ。

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