温度差

 彼らを冷たく見つめるのは、邑長カバリ。

 満足を覚えながらも、議論の流れを冷静に追っている。

 仕切りの好きなこの男が、ここまで進行以外に何の発言もしていない。

 黙っている方が得策と踏んだのだろう、ただ泰然と場を観察している。

 言葉の押しあいの中で、いかなる結論に導けば、自分にとってもっとも利があるかを、ずっと計算している。

 それはカバリが最も得意で、知悉している戦いであった。

 ゆえに討議の流れは、カバリにとって満足すべきものであった。

 議論は白熱し、戦士階級が押されている。

 後は程よいところで、弾ける寸前の戦士階級から一歩ゆずった結論を下せば、すべてカバリの描いたとおりになるだろう。

 後ほどカサを呼び出し、ゆっくりと恩を売りつけてやればいい。

 その際、娘のコールアを嫁に与えても良い。

 放蕩が過ぎた娘も、ここの所ようやく落ち着きを見せだした。

 そろそろ決まった男と家庭を持たせる頃合いだろう。

 反対など許さぬ。

 甘い顔を見せるのもおしまいだ。

 すべてはカバリの思う方向に進んでいる。

 突発的な事態にしては、出来過ぎに思えるぐらいだ。

 そのカバリにも、苦々しい思いはあった。

 手玉に取ったあの戦士。

 ウハサンとかいったか、あの後何度か二人きりで会い、ガタウを引きずりおろすための策略を色々と練ったのだが、自ら全てを反故にしてしまった。

――もう少し慎重な男だと思っていたのだがな。

 そのウハサンが、カサに関しての大きな秘密をつかんだと、もったいぶって言っていたのを思い出す。

 あのみすぼらしいサルコリの小娘が、その秘密とやらなのだろう。

 それで揺さぶるつもりがあのざまである。

 全く、愚か者を配下にすると、面倒ばかり増やす。

 これからは、もっと人選を厳しくせねばなるまい。

 例えばそう、あのカサとかいう有能な若者を、まず掌握する。

 さてそのウハサン率いる六人のうち、五人までがカサに叩きのめされ、今は床に伏せている。

 中には、生死の境を彷徨っている者もいるという。

 隻腕で、しかもあの細い体のどこにそんな力があるのか、狩りの空のカサを知らぬ者には到底信じられまい。

 その一人が、かろうじてこの天幕に顔を出せる程度の傷に治まっている。

 太った卑屈な表情の男。トナゴである。

 腰紐抜けのトナゴ。

 そのトナゴが、まさに腰の引けた姿勢で、天幕の端で丸まっている。

 たえず何かにおびえた態度で、誰かが発言するごとに、肥えた腹を震わせて恐怖の色を見せている。

 トナゴを見る者すべてが、この戦士の服を着た臆病者に不快にさせられている。

 そして、そのトナゴを含むウハサンたちを駆りたてた張本人コールアも、邑長の権威をかさにこの場に姿を見せている。

 今コールアの興味を引いているのは、カサと離れた所で組み伏せられている一人の娘。

 カサの恋人だという、サルコリの女である。

 爪を咬み、強い視線を送る。

――こんな小娘が……!

 内腑を焦がす嫉妬に、コールアの害意が燃え上がる。

 今ここにいいる人間たちの中で、もっともラシェにきつい罰を望んでいるのは、他ならぬこのコールアであろう。

 そのコールアも、ウハサンたちの槍先落ちぶりには、呆れている。

――何てだらしない奴ら……!

 聞けば、六人がかりでサルコリ女一人好きにする事ができず、カサにいいように打ち据えられてしまったと言うではないか。

 もっとも、その六人に打ち負かされるようであれば、コールアもカサを見限ったであろう。

 そのすべてを、マンテウが見ている。

 だがこの老いた大巫女は、いまや多くの邑人に、ただ邑の飾り物としか考えられていない。

 老いと長い沈黙が、彼女から発言力を奪っていた。

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