流転
ベネス
真の戦士は戦い 砂漠の名誉を手に入れる
世界の真実を掴むために
槍を胸に伴い独り真実の地へ赴く
真実の地で最も巨きし獣と闘い 赤い血を流す
死に怖るる体を奮い起こし
戦士は世界の真実に触るる
討議は冒頭から紛糾した。
討議。
とは言うが検討されるのはカサとラシェの処遇をどうするかであり、より端的に言うと、二人にどれだけの罰を与えるか、という一点のみが議題である。
集まった人数は、男女合わせて二百人以上。
みな各階級の職長以上。
その事だけ取り上げても、この事件がどれほど邑に大きな波紋を投げかけたかが窺える。
「女は、二十叩き、男はサルコリに放逐だ!」
「いや、男も二十叩いてしまえ!」
「それでは甘すぎる。どちらも二十叩きの末、邑からもサルコリからも追い出してしまえ!」
鼻息が荒いのは、邑長の手の者たちである。
普段手出しできぬ戦士階級を、この際一気に叩いてしまえという思惑がある。
ちなみに打ち据える棒は、大人の男がやっともちあげられる代物で、これを二人がかりで力まかせに打つのであるが、執行の際には罪人に手加減などしない。
十を超えれば、罪人はそのあと一生不具となり、二十打たれれば、よほど体が強くないと死んでしまうという苛烈な刑罰である。
これは、もしもカサが生き延びても、ラシェの命は無いであろうという意味だ。
「無体な。打ち据えれば解決するというものではなかろう」
「カサがどれほどの戦士なのか、判っているのか? カサのように優れた戦士はこの後十年、いや、二十年は出ないのだぞ」
「サルコリの女はかまわん。だがカサはまだ若い。罪を軽くしてやるべきだ」
苦しい言い訳をするのは、戦士階級主体の反邑長の者たちである。
こちらの主張も、ラシェの罪は逃れがたいが、将来を嘱望されているカサは大目に見るべきだ、というものである。
さて各階級の長が集うここは、邑の集会などに利用される事も多い、大巫女、マンテウの大天幕。
カサが、ラシェをかどわかそうとしたラヴォフたちを打ちのめしたそのすぐ後、陽が沈み、二刻ほど経った頃である。
あの後二人は、大勢の手によって引き裂かれ、揃ってこの天幕に引き立てられた。
音頭をとったのは邑長カバリ。
今二人は天幕の端と端にいる。
同じ空気を吸っていても、これほどお互いを遠く感じた事はなかった。
ラシェに対して同情の声一つない彼らに、カサは煮えたぎる憤怒を覚えている。
ラシェに眼をやるが、大声で叫ぶ人波にさえぎられ、その姿は埋もれてしまっている。
今ラシェは、どんな顔をしているのだろう。
不安げに涙を浮かべているのではないか。
カサの姿を求めて、懸命に周りを見回しているのではないか。
そう思うと、カサは居ても立ってもいられなくなる。
だが今、カサの両脇には、片側に二人ずつ計四人の男がカサを押さえ込んでいる。
ラシェも同じように身動きを封じられている。
――ラシェ。ああ、ラシェ。
こうなる事は、目に見えていた。
カサがラシェといる限り、いつかはこうなっただろう。
二人が惹かれあう限り、遅かれ早かれ、こうなる事は避けられぬ運命であった。
――僕がラシェを傷つけてしまった。
しかし現在カサにできる事はなく、来たる処罰を止められる者もいない。
「おい、動くな」
煩悶して身じろぐカサを、取り押さえる男の一人が言う。
そのままさらに押さえ込まれ、カサは身動きできなくなる。
いや、動こうと思えば動けるのである。
だが今跳び出しても、ラシェの処遇が重くなるだけ。
蛮勇を慎むだけの冷静さを、まだカサは保っている。
それも限界に近づきつつはあったが。
対するラシェは、神妙にしている。
両側から押さえ込まれるがままに、抵抗する様子も見せない。
負けん気の強いラシェの性格からすると、静かすぎる。
ベネスの者に取り囲まれて萎縮しているにしては、表情はやけに淡々としている。
されるがままになりながら、ひるむ様子など、微塵もない。
ガタウもこの場にいる。
当然だ。
問題を起こしたのは、戦士階級の人間で、ガタウはその最高責任者なのだ。
めずらしく追い詰められる立場のガタウ。
だがその顔はいつもと変わらず、厳しいばかりで感情は読み取れない。
ガタウにつづく戦士たちも、顔を連ねている。
ソワク、バーツィ、アウニ、リドー。
四人の二十五人長につづき、二十人の戦士長すべてが揃っている。
長の末席カサは今や罪人として晒されており、代わりにラハムが列席している。
彼らの顔は一様に、苛立ちを押し殺した険しいものである。
時折り強い調子でカサを擁護し、罪の軽減を訴えている者もいる。
その急先鋒はもちろん、二十五人長であり、戦士階級でもカサの最大の理解者ソワクである。
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