塵風
「どこに行ってたの?」
戻ったカイツに訊くと。
「あっちのほうで、こんなでっかい獣がいて、みんなで追いかけてたんですよ!」
カサの横に座り、しぐさで説明する。
きっと、砂ギツネかコウクヅあたりでも見つけたのだろう。
「狩らない獣は殺しちゃいけないよ」
笑ってたしなめる。
「みんな走って追いかけたんだけど、追いつけませんでした。もの凄く速いんですよ!」
カイツには聞こえていないようである。
カサも、似たような事をした覚えがある。そのうちに、カイツが喋り疲れて眠そうに目をこすり始める。
本人がそう望むので、カサはカイツと同じ夜具で就寝する。
ラハムも同じ夜具で寝る事になり、カサと二人でカイツをはさむ形になる。
「カイツは、戦士長ブロナーによく似ておるな」
背を向けたまま、ラハムが言う。
「そんなに似ていますか?」
「そっくりだ。ブロナーも新米の頃も、そんな風に生意気だった」
ラハムは可笑しそうに言う。
懐かしげに笑う顔は、カサからは見えない。
「戦士長ブロナーを、よくご存知なのですね」
「ブロナーの初めての戦士長は、俺だった」
ラハムが体をひねり、横目でカイツとカサを見る。
それから体を戻し、
「ブロナーが戦士長になったとき、カイツはまだ六つだった」
それでもう話は仕舞いだ、とラハムの背中。カサはラハムとカイツを交互に見、ブロナーの事を少し考える。
――戦士長も、こんな頃があったんだ。
自分より年の若いブロナーを想像して、カサに微かな笑いがこみ上げてくる。
それからまだあどけないカイツの寝顔を見る。
――こうしていると、本当に子供だな。
無邪気さを残した寝顔を覗きこみながら、カサは思う。
――戦士長も、僕を見て、同じように思ったのだろうか。
思ったからこそ、カサの力になってくれたのだろう、あの時分のカサは、ラハムよりまだ三つも小さかったのだ。
――何があっても、この子を守ろう。
風が吹く。
風雲急を告げる風が、やがて彼らを吹きさらす。
夏営地を出て十日。戦士たちが狩り場に到着する。
真実の地の巨岩、そして眼前の砂に煙る風景を前に、新顔たちが立ちすくむ。
「これが、狩り場……」
カイツが絶句する。
彼らは初めて訪れた戦士たちが皆そうであったように、上にぬうと突き出した途方もなく大きな岩から目が離せない。
そんな光景に慣れた戦士たちは、野営地に各々場所をとりながら、重い荷物を下ろす。
カサ率いる組も、隅に居場所を作る。
カイツはやや緊張した面持ちながら、高ぶりを抑えられぬ様子でカサに従う。
ラハムも辛抱強く、カサの指示の通りに動いてくれる。
トナゴも無言でカサに追随している。
カサは気に入らないが、ラハムの前で堂々と反抗するほどの気骨はない。
心配の種は尽きないが、その場はラハムに任せて、カサは長の集いに顔を出す。
一日三度、朝、昼、晩に戦士長たちは大戦士長の元に集う。
「遅いぞ」
「ご免なさい」
雑事に手間どって、遅れて姿を現したカサをソワクがたしなめる。
ガタウが告げる。
「今から半刻後に狩りに出る。バーツィが右、リドーが左、ソワクとアウニが中央で進む」
四人の二十五人長がうなずく。
新顔のアウニはラハムに代わって任命された二十五人長だ。
淡白な顔の三十男だが腕は確かで、なおかつ部下の把握に長けている。
ガタウの方針にあわせて、各二十五人長が部下の戦士長たちを細かく指図する。
カサを指導するのはバーツィ、ラハムを含む隊を率いるとなると、年長で経験豊富な彼がもっとも適任なのだ。
「カフ、イセテ、セイデの順に左方向に展開しろ。セリブとカサは右側、中央寄りだ。これが今年最初の 狩りになる。油断するな」
「はい」
戦士長たちが唱和し、各々散ってゆく。カサも自分の隊に戻り、待っていた三人に指示を伝える。
「左方向に展開する事になりました。僕らは中央寄りです」
最初にラハムに伝えると、
「そういう事は、みんなを集めて一度に言わねばならん。部下の間に上下を作らせてはいかんのだ」
辛抱強く言い聞かせるように言う。
「あと、喋り方も弱々しい。戦士長の指示は命令だ。従わぬ者には、罰が与えられるのだと声で知らせねばならぬ」
「はい」
カサが頭を下げるが、これではどちらが戦士長なのだか判らない。
それなりの風格を身につけるには、まだまだ訓練が必要だ。
「トナゴ、カイツ、こっちに来て」
ラハムの言葉に従い、カサはトナゴとカイツを呼び寄せる。
「左側から展開する事になった。僕らは中央寄りだ。出発は半刻後。いいね」
語尾に承諾を求めてしまうところがカサである。
あとできちんと矯正せねばならないなと、ラハムは内心考える。
そして、あの堂々とした戦い方からは想像できない人当たりの柔らかさも、懸念している。
――あれで人は率いられまい。
長たるもの、狩りに際しては断固とした態度で挑まねばならない、
――獣にはあれだけ厳しい槍を見せるのに、普段は気弱な女子のように柔弱だとは。不思議な男だ。
戦士としての素質は申し分ない。体格は小さいが、ソワクと並ぶ人材であろう。
ラハムは自分と同じ隊の二人を見る。
張り切ってカサにつづくカイツと、渋々つき従うトナゴ。
後者はラハムが睨みを利かさなければ、返事すらしないだろう。
――困ったものだ。
カサに戦士長の何たるかを叩き込むのは、ある意味槍を教えるよりも難しいのである。
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