後胤
夕食の後、戦士長たちが集う。
各自五人組の報告とガタウによる指示を持ち帰り、カサは自分の焚き火を囲む円陣に戻る。
そこにはカイツとトナゴの姿がなく、
「二人は?」
一人座っていたラハムに聞いたところ、
「知らぬ。大方仲間の所にでも顔を出しているのだろう」
と言う。
なるほど、トナゴの場所は大体想像がつくし、カイツがここにいない理由も、カサには身に覚えがある。
――もの珍しくて、その辺を走り回っているのだろう。
カサはラハムの脇に腰を下ろす。
気疲れをおぼえてため息をつく。
長につきものの、人を使う難しさをカサは感じている。
「気づいているか?」
出し抜けに、ラハムが問う。
「何をですか?」
「カイツだ」
「カイツ?」
ラハムは酒を少しあおる。
少量の寝酒は、彼が戦士になって以来の習慣である。
「カイツはな」
ラハムがカサを見る。
「ブロナーの息子だ」
「あ……!」
それで得心いった。常々カイツに感じていた、妙な懐かしさ。
――そうか……そうなんだ。
カイツはブロナーに良く似ているのである。
目、鼻、口、肩幅。カイツが成長すれば、やがてブロナーのような男になるであろう。
――戦士長ブロナー。
父親を思わせる大きい手と広い背中を思い出す。
あの夜、残酷な死を遂げた一人。
カサが度胸試しを受けねば、死ぬ事はなかったであろう戦士長。
悔恨の疼きがカサの胸を刺す。
「僕は、彼に何をしてあげればいいのでしょう、戦士ラハム」
「戦士長のすべき仕事はひとつ、正しき狩りを見せ、立派な戦士にしてやる事だ」
――僕は、戦士長に償わなければならない……。
大戦士長といえばガタウが浮かぶように、カサが戦士長と言われて思い出すのは、ブロナーである。
カサの心に、義務感がわいてくる。
――僕は、絶対にカイツを守ってみせる。
この身に代えても、カイツを守って、立派な戦士にしなければならない。
静かに決意するカサを、ラハムが見つめている。
――どのようにこの局面を乗り切るか。
ラハムはカサを試している。
――この男を、見極めねばならぬ。
此度の降格をラハムが受け入れたのには、理由がある。
ガタウが、ラハムにそうせよと頼んだのだ。
昨年、カサがまだラシェとの再会を果たしていない頃の出来事だ。
狩りを終えて邑にもどった夜、ラハムはガタウを訪ねた。
「大戦士長」
「入れ」
天幕の前で声をかけると、すぐに声が返ってきた。
戸幕をあげて、ガタウのバライー(家族用天幕)に滑り込む。
ガタウは座し、槍の手入れに余念がなかった。
「座れ」
促されるまま尻をおさめ、火を挟んでガタウと向き合う。
「大戦士長」
そこで言い直し、
「いや、ガタウ」
あえて名前で呼ぶラハム。
戦士階級で、ガタウを名前で呼べる者は、このラハムをおいて居ないであろう。
「何だ」
ラハムの態度に、常にない様子がある。
ガタウは手を止め、相手に向き直る。
「俺は二十五人長を、退こうと思う」
ガタウが手を止める。
「俺は老いた。衰えは隠せない。今のまま一の槍や終の槍を振るえば、また死者を出すだろう」
無言で目をラハムに向ける。
「本当は、戦士をやめてしまいたい。だがそうもゆかぬだろう」
疲れの染み付いた顔、そこに戦士の覇気はない。
「俺たちの世代のものは、皆死んだ。彼らは戦霊となって俺たちを守ってくれている事だろう」
ジリジリと赤く天幕内を照らす熾き火に、しわの多い顔が浮かびあがる。
「俺はもう疲れた。妻も死に、子は成人し、後に残された仕事は狩りの中で死に、戦霊たちに並ぶのみだ」
ラハムが黙り、天幕内に沈黙が満ちる。焚き火から、火の粉がぱっと散る。
「いつから考えていた」
ガタウが問う。
「去年の夏。俺が槍を違えた時に」
「そうか」
沈黙。
長き間柄である。
同じ風を受けるだけで伝わるものも多い。
「そこまで心を決めているのならば、何も言うまい」
「すまぬ」
「いや」
だがガタウはそこで、思いもよらぬ提案をする。
「お前に頼みたい事がある」
「何か」
「面倒を見ているあの少年の事だ」
カサを少年と表現する事に違和感を覚えつつも、ラハムはガタウに問う。
「俺は、何をすればよいのだ」
「次の狩りで、あの少年を戦士長に登用する。お前は、あいつの下に就いてくれ」
衝撃。そして屈辱。ラハムの頭に、血が上る。
「俺から槍を奪うと言うのか!」
戦士長でなくなれば、獣に槍を突く事もできない。
ラハムはそこまで力を落としていない。
だがガタウは、
「そうだ」
平然と言う。
困惑する心を内側に収め、やがてラハムは問い返す。
「あの少年に、それほどの価値があると?」
「そうだ」
ガタウは、断固としている。
「何を根拠にそう思う?」
「あの少年が成人の儀で選ばれたとき、大巫女が言った」
突然の大巫女の存在に、ラハムは驚く。
「……何と?」
サヒンブール(冬営地の嵐)の空の如くもやけた不安があるが、ここまで来たら聞かぬ訳にもゆかぬ。
「いずれは、邑を率いる男になると」
「なんと!」
驚愕し、それからラハムは瞑して黙考する。
ガタウはじっと返事を待つ。
二度、火がはぜた。
「良いだろう」
熟慮の末、ラハムはガタウの無体な要求を受け入れた。
――あの少年がそれほどの男だと言うのならば、俺はそれを、俺のこの目で確かめたい。
その好奇心が、何十年も戦士長を務めた男をして、一介の戦士に落ちる事を了承させた。
砂漠に新たな若葉が芽吹く。
強き命かそうでないかを、狩り場の荒ぶる風が試す。
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