戦士長カサ
「丘に着いたら休憩を取る。井戸で水を補給だ」
ガタウの低い号令が飛ぶ。
「はい」
戦士長たちがそれに答える。
ガタウから一番離れた所に、カサもいる。
以前よりもよそよそしいガタウに、カサは捨てられたような寂しさを感じている。
――今までがおかしかったのだ。
あの大戦士長ガタウが、ただ一人の戦士にべったりと付くなどという、良くも悪くも特別扱いを受けてきたカサ。
だがそのカサも、もう二十歳(十六・七歳)ともなれば、いい加減一人立ちすべきなのだろう。
これ以上ガタウに甘えてはいけない。
――新しい環境に慣れなければいけない。
「戦士長」
しばらく、自分が呼ばれた事に気づかなかった。
「は、はい!」
呼んだのはラハム。
ラハムもまたガタウに似て、無愛想な男である。
「二人が遅れている」
トナゴとカイツが、だいぶ後方にいた。
「あ、すみません」
――大戦士長に気をとられて、隊を見ていなかった。
己の不明を恥じ、カサは足を止めた。
二人が追いついてくるのを待つ。ラハムもカサに倣い立ち止まるが、
「追いつきますから、先に行っておいて下さい」
気を利かせたつもりのカサだが、
「組がばらけてはいかん。普段から共に行動する癖をつけておかないと、いざ狩りの時に思わぬ齟齬をきたす事になる」
厳しい口調だ。
「そうでした」
うなだれるカサにラハムは、
「それに、歳上とはいえ、俺は部下だ。長たるものは部下を手足のように扱うという心構えを持たなくてはいかん。そんな風に弱みを見せるものではない。己に厳しく、周りにも厳しくだ。でなければ誰からも信用されぬぞ、戦士長カサ」
いちいちもっともな話である。
――自分は、長のような仕事にはむいていない。
そう思っている。
確かにカサは、人を下に敷くのが苦手である。
とはいえ、槍持ちがいつまでも一介の戦士という訳にはゆくまい。
これは、カサのなすべき責務なのである。
トナゴとカイツが追いついてくる。
何かあったのか、どちらもむっつりと押し黙り、互いに目を合わせようともしない。
「何かあったの?」
「別に」
答えたのはカイツ。
トナゴはカサを無視している。
カサが自分の戦士長などとは、認めたくないのであろう。
「トナゴ。戦士長に答えんか」
恐ろしく低音の利いたラハムの声。トナゴは震え上がり、
「べ、別に何も。そいつが、生意気だから……」
語尾がしぼんで消える。
カサは暗澹たる顔でため息をつく。
――本当に僕は、この隊をひきいてゆけるのだろうか。
戦士長になる人間には、もっと確固たる重みのようなものが備わっていると漠然と考えていた。
自分にはそれがなく、名前に長と冠されただけの、うわべの指導者でしかない。
――僕じゃなくても、ほかの誰かがいるだろうに。
じゃあ誰がいるかというと、筆頭はやはりカサなのだ。
「戦士長。指示を」
ラハムに急かされ、カサは我に返る。いつの間にか、本隊からずいぶん遅れをとっている。
「とりあえず追いつきます。みんな行くよ」
「はい!」
「はい」
返事をしたのは、カイツとラハムだけ。トナゴはやはり無視を決め込んでいる。
カサはため息を我慢して、足早に本隊へ戻る。
――この先、どうなってしまうのだろう。
出鼻をくじかれ、自信をなくしているカサ。その横にカイツが並び、
「俺、カサ、じゃなくて戦士長の下につけて、嬉しいです!」
嬉しそうに見上げてくる。その一途さに、カサは戸惑う。
「他のやつらも、すごく羨ましがってました! みんな戦士長に槍を習いたいって!」
カサは苦笑する。
「僕といると、大変だよ? 僕の組は、一の槍か終の槍をまかされる事が多いと思うから」
だがカイツはさらに目を輝かせ、
「それが良いんですよ! ああ、早く見たいなあ、戦士長の槍! 早く狩り場に着かないかなあ」
からりと言うが、その無防備さは危うさだ。
「狩りは、危険だよ。油断すると、命を落とす事になるんだから」
「知ってます」
だが、解ってはいない。
そう思ったものの、カサはそれ以上は何も言わなかった。
向こうで獣を見れば、おのずと慎重さが生まれてくるだろう。
――僕も、こんな風だったっけ。
楽しそうに隣を歩く、若き戦士を見る。
自分が初めての狩りにむかうころを思い出し、カサは締めつけられるような切なさを覚える。
何も知らずに砂漠へとおもむくカイツに、自分がそうだった頃を重ねずにはおれない。
そのせいだろうか、カイツの面差しに懐かしさを覚えるのは。
たくましく成長した片腕の戦士と、それを慕う新参の戦士。
二人の背中を忌々しげににらみつける、トナゴ。
カサたちが本隊に追いついた丁度その時、ガタウが休息の号令を出した。
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