動捻
岩の上で抱き合う恋人同士を、陰から見つめる男がいる。
せり出した額、粘っこい三白眼。屈強な肩の盛り上がりが、戦士である事を示している。
ウハサンである。
――こんな所で逢っていたとはな。
ほくそ笑むハサン。
肩をゆすり声を殺して笑うその姿は、水のない所へ旅人を導き、その命を奪うという、砂漠の悪霊のようである。
――ついにお前の尻尾を掴んだぞ、カサ。
ウハサンが、カサとラシェの関係をつかんだのは、あのコールアに呼ばれた夜であった。
憎きカサの弱みをなにか掴めはしないかと、天幕の前でじっと待っていたのである。
そして、見た。
カサが女を、自らの天幕に導くところを。
女がカサの恋人の間違いない事をウハサンは確信し、そして二人が別れた後、女の正体を突き止めるためにその後をつけたのである。
――汚い身なりだとは思ったが、まさかサルコリの女とは。案外と火遊びの好きな奴なのだな。
ウハサンにはラシェとの関係がただの火遊びに見えるのだ。
薄い月に照らされた、魂を結び合う男と女。
それを覗き見る男。
嵐が迫る。
カサとラシェは毎夜、逢瀬を重ねる。
ただ同じ風を感じるだけの瞬間と瞬間。
その時間が、二人にとって、唯一自分を開放できる時間なのだ。
だから二人は、逢わずにはおれない。
昼間は毎日、ガタウと一本の棒を挟んで向かい合う。
最初は良いように転ばされていたカサも、十日も経つと要領をつかみ始め、徐々にガタウの動きに順応し始めた。
――要は、無駄な力を抜くことなんだ。
骨子が解ると、楽しくなる。
日に日に上達してゆくカサに、ガタウも満足を覚えている。
二人の訓練風景に、もう一つ変化がある。
周りに子供たちが集まり始めたのである。
カサとガタウの真似をして、棒を引っ張り合っては右に左に転んでいる。
コロコロと笑い声や泣き声が漏れる。
最初こわごわと遠巻きに見ていた子らも、ガタウが無用に怒らないと知ると、積極的に近づいてくるようになる。
そんな風景を、周りの大人も笑いながら放っておいている。
カサも、最初は何が可笑しいのかと思ったが、傍目には、いい大人が無邪気に、棒を引っ張り合っているように見えるのである。
時が経ち、やがて満月が近づいてくる。
活気を取り戻した夏営地で、成人の儀が執り行われる。
各階級の主たる者たちが、人事決定権を握る大巫女の下に足繁く通いだすと、邑人たちは、ああもうそんな時期かと、感慨を深くするのである。
戦士階級モークオーフでも、この夏新たな成人たちが、初々しい顔をそろえた。
その中に知った顔を見つけて、カサは驚いた。
「戦士、カイツ」
二十五人長のバーツィに呼ばれ、少年が真新しい槍を受けとる。
――これで自分も、今日から戦士なのだ。
栄えある男として、ここに選ばれたという、喜びに満ちた顔。
少年がカサと目を合わせ、ちょっと恥ずかしげに笑う。
少年の名は、カイツ。
ラノといつも一緒にいた、戦士になる事を強く望んでいたあの少年である。
この年、カイツを含む五人の少年が戦士として成人した。
それ以外にも動きがある。かねてから力の衰えを指摘されていたラハムが、二十五人長を退いた。
ガタウはラハムを長としても残さず、ラハムは無言のまま長たる地位を失う事を了承した。
ラハムは、ただの戦士になったのである。
これにより、戦士階級の長の座に、一人分の空きが出る事になった。
そこに新たな長として任命されたのは、カサであった。
その編成は驚きをもって迎えられた。
カサを戦士長に据えた事ではない、その下についた者たちの人選である。
戦士長の末席にいるカサの率いる隊は、人数の端数あわせのために、通常五人の組が、四人で構成されていた。
それ自体は珍しい事ではない。
だが長になったばかりの戦士に、今年成人したばかりの新人をあてがうというのは、まれである。
そう、まずカイツがカサの隊に配された。
次にその隊には、カサにとって厄介な重荷、トナゴがいた。
鈍重な上に気が小さく、頭の巡りが遅いくせに要領を利かせようとする。
あれこれ画策しては失敗し、隊を混乱に陥れるあのトナゴである。
いまやトナゴは、戦士階級のお荷物、嵩ばかりでかくて中身のない男、とまで言われている。
そして最後の一人、これこそが最大の衝撃であり、ある意味納得の人事であったろう。
二十五人長、ラハム。
否、今はただの戦士ラハムだ。
年老いてなお優れた戦士であると、いまだ若い戦士たちから尊敬を受け、錬達の戦士長たちからも信頼厚き男。
戦士長としてはガタウの次に高齢の彼が、カサの下に就く事となった。
そこには、やがてソワクと共に戦士階級を率いるであろうカサへの期待が見え隠れしている。
以上のカサを含めた四人の戦士が、隊伍を組む事となった。
「アイーイイイーイーッ」
先頭が鬨の声をあげ、戦士たちが狩り場へと進行する。
ティレン、湿った重い風が吹く。
血のにおいがべっとり染みついた、かの地へ導く風が。
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