取引

 夜である。

 エラゴステスが、ティグルと二人で差し向かいに飲んでいると、訪問者があった。

「今、良いですか?」

 真っ赤な衣装。

 少年といっていいほど若い戦士である。

 右腕が欠けている。

 見覚えがある。

 何度か茶を所望してエラゴステスを訪れた。

 今夜も毛皮をひと塊と、牙を二本持っている。

「また茶を?」

 招きよせ、売り物を掘り出しながらエラゴステス。

「ハイ、それと……」

「他に何を?」

 言い難そうな戦士を促す。

「何か、身につけて飾るものを、交換してもらえないかと……」

 エラゴステスがふり返ると、戦士は恥ずかしそうに目を伏せる。

――ふむ、女だな。

 下世話ながら商売人らしい読みである。

「こんな物はどうか?」

 大きな首飾りを持ち上げてみる。

 飾り石のたくさん付いた、豪華な代物である。

 戦士の持ってきた品ではまったく手の届かない品である事は十分に承知しながら、エラゴステスは見せてみたのである。

 飛びついてくるようであれば絞り取れるし、貸しを作っておけば、また色々と利用できよう。

「いえ、そういうのは……」

 戦士が若者らしくしりごみする。

 ではどういう物が欲しいのだろうかと戦士をじっくり見た。

 そこでようやくエラゴステスは、この戦士が第一印象よりも、いや今まで持っていた印象よりもはるかに逞しい男であるのに気づく。

――ほう。これはしたり。

 己の不明を恥じる。

 一目で相手を看破できないというのは、商才が無いという事だ。

 ジロジロと全身をなめるエラゴステスの、爬虫類に似た大きな目を向けられ、戦士が居心地悪そうにする。

――若いな。若すぎる位だが……。

 それにしては、戦士の財産ともいえる、牙や毛皮をたくさん持っている。態度は控えめながら、なかなかの戦士と見る。

――堅実な男だな。身に余る取引をするような人間ではないか。

「茶はどれほど必要か」

 それに応じて、見せる品を考えようというのである。

「お茶は、まだ少し残っているので、この毛皮の分だけでいいです」

 ならば牙二本分の装飾品という事か。

 一般に毛皮よりも牙のほうが貴重とされている。

 それなりに高価な品物が用意できるだろう。

「ならば、こんな物ではどうか?」

 手首を飾る金属製の環である。職人が鉄ノミで仕上げた唐草模様が、蜀台の炎を受け小さく揺らいでいる。良い品である。だが戦士は、

「いえ……そういう、目に付くものは……」

 装飾品とは、身を飾るためのものである。

 目に付く事こそが存在意義といっていい。

 なのに、目に付かない物を、この戦士は求める。

「女性で目につかぬ物ならば、これ等どうかな?」

 エラゴステスの目に、会心の笑いがある。

 差し出された物を見て、戦士は絶句する。

 小さな薄絹を、銀の鎖が飾っている。

 身を飾るためにどのように着用すればよいのか、悩むような複雑さ。

 女の下着である。

 その艶やかで微妙な色使い。それを恋人が着けるところを想像して、若い戦士は首まで赤くなる。

――やはりな。

 人目を忍ぶ仲だと見たエラゴステスの予想が的中した。

 戦士は、渡された下着があまりに大胆すぎて、とまどっている。

――やりすぎたか。

 からかいが過ぎたと、エラゴステスは含み笑う。

「エラゴステス、若者をあまり虐めるな。その男は戦士ぞ」

「人気の物を見せているだけで、そんな積もりはない」

 嘘である。目の前の青年があまりに純朴なので、つい冷やかしてしまった。

 エラゴステスは別の品を引っぱり出して見せ、

「こちらではどうか?」

先ほどの物よりも、かなり大人しい、こちらも女物の薄着である。

 肩紐が、胸元から滑り落ちるような短い布を保持している。

 胸元と背が大きく開いていて、こちらも大胆といえば大胆である。

「こ、こっちでいいです」

 これ以上は居たたまれなくなり、戦士は茶と布地を受け取ると、あわてて退出する。

「悪趣味な事だな。エラゴステス」

 一部始終をうかがっていたティグルが、苦笑いをしている。

「だから値を負けておいた。あの品は、先に出した物よりも高価な品だ」

「お前がそのように言うとは、珍しい」

 間違っても、元の取れぬ親切などしない男である。

「なあに、あの若者が気に入ったのだ」

 笑って杯を傾ける。

「あながち損とは言えぬかも知れんぞ」

「ほう、つまり?」

「あの若者、知っている」

 エラゴステスは、ティグルの話に聞き入る。

「有望な戦士らしい。いつかこの邑の戦士を率いる男になるやもしれぬと、もっぱらの噂だ」

「片腕だぞ?」

「そう、偉大なる戦士ガタウと同じ片腕だ」

 そのガタウと会って、晴れ晴れとした顔で戻ったティグル。

「あの戦士は、戦士ガタウの秘蔵っ子だそうだ」

「ほう。して、名は?」

「――カサ、と言ったか?」

 エラゴステスがにやりと笑う。

 それほどの男とは思わなかった。

――もう少しゆっくりと、話を聞いてみても良かったかもしれんな。入れ知恵ひとつで、あの邑長を追い落とせるやも知れぬ。

 また算段している。

 エラゴステスは、骨の髄まで商人なのである。



 商品を売りつけられたカサは、困り果てていた。

 何かラシェの喜びそうな物でも買ってあげたいと思い、商人の元を訪ねたのだが、まさかこのような物を売りつけられてしまうとは。

――どうしよう。

 うろたえて、手元の薄絹をひらけて見る。

 短い。

 これでは腰もろくに隠せまい。いくらラシェが小柄だといえ、これはあまりにも短すぎる。

 短すぎて、カサが困る。

――ほとんど見えているじゃないか。

 女も下着も知らぬカサ。

 実はこの程度の布でも、着方を覚えれば重要な箇所は隠せるものなのだ。

 見えそうで見えない。焦らして男の興奮を誘う、そういう機能の意匠なのである。

――でももし、ラシェがこれを着たなら……。

 想像してしまい、羞恥で頭が茹だる。

 それから今いる場所が屋外の、それも人々が休息を取る天幕の集まる辺りだという事を思い出し、周囲に人の目がない事を確かめて、そそくさと自分の天幕に引っこむ。

 まだ月が出ていなくて良かった。

 天幕の中で、カサは困惑しながらそんな事ばかり考えていた。

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