毒棘

 天幕の天井を見上げながら、ラヴォフは不機嫌な顔をしている。

 日が沈んで三刻(三時間)ほど。隣には、裸の女。ラヴォフが、半ば以上強引に関係を持った女である。名前すら知らないその女に、夫がいる事をラヴォフは知っていたが、そんな事は考慮するに値しない。女に色気があり、外見がラヴォフ好みであった、ただそれだけの事である。

 その女も、行為が終わると、ラヴォフにとっては鬱陶しいだけの存在である。

「おい」

 女を夜具から突き出す。

「帰れ」

 女が、無言で服を着る。優しくもなく、自分勝手に欲望を処理するだけで、喜びも与えてくれない男に強い不満を持っているが、その凶暴さで知られているラヴォフにそれをぶつける事はできない。ただ戸幕を上げて、恨みがましい視線を置いて出てゆく。

「ハッ」

 その視線を鼻で笑い飛ばし、ラヴォフはまた不機嫌に戻ってゆく。

 不機嫌の源は、カサや戦士階級である。

 自分がいつまで経っても戦士として評価されない事に、逆恨みしているのだ。

――なのにあの餓鬼は、周りからあんなにも持ち上げられている。

 ガタウの元、厳しい訓練の末にいまや邑を代表する戦士となったカサ。

 対してラヴォフは、好き勝手暴れるだけで、何の努力もせずにいる。

 傍から見ればその差は一目瞭然だ、

――俺ならもっと巧くやって見せてやるのに……!

 身の程を知らずは相変わらずである。

 ヤムナが生きていた時にも、似たような事を考えていた男なのだ。自尊心は高いが、その実何もしない男。ラヴォフの評価が高まらないのは、自明当然である。

 よく思い出す情景がある。

 ヤムナが死んだあの夜。

 何もできなかった自分。

 自尊心がいたく傷つく記憶だ。

 あの時、戦士としてまともに動けたのは、あのカサだけであった。

 血まみれになりながら、獣と組み合うカサ。

 足がすくんで、動けないラヴォフ。

 血が出るほど唇を咬む。

 この冬営地に来てすら、飽きもせず皮袋を撃つカサ。

 それを見た人々が、カサに対する尊敬を深めてゆく。

――あんなもの、実際の狩りに役に立つ訳がない。

 だが実際に、カサは多くの手柄を上げ、ラヴォフは小物を狩るだけの平戦士だ。

 ガン。

 芯柱を拳で打つ。

 天幕が震え、やがて何事もなかったように夜の静けさが戻る。

 ラヴォフの苛立ちごときに頓着とんちゃくする事もなく、いつもどおりの顔をして、すべてを包む。

 夜空の下、ラヴォフが一人鬱々とカサへの憎悪の純度を高めている。

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