部族外民

 作物の少ない冬営地の生活は、五つの満月を数え、終わりを告げる。

 か細く高い木でおおわれた冬営地の荒涼とした視界。その光景に飽いた頃、邑人たちは豊かな夏営地へと、足取り軽く戻ってゆく。

 身を縮めて、息を殺しながらの生活もこれで終わりかと、皆ホッとした面持ちであった。



 商人エラゴステスがベネスに着いたとき、邑人たちはまだ冬営地から帰っていなかった。

――到着が早かったか?

 仕方なく、ただ一人残っていた邑の戦士に会いにゆく。

 厳しい顔のその片腕の男は、砂漠にその名を知らぬ者なき戦士、眉の下の彫りの深い眼窩からは、何物にも揺るがぬ鋭い眼光が放たれている。

「戦士ガタウ」

「何か」

 座して瞑目する老いた戦士。

「商隊に水を補いたい。井戸を使ってもかまわぬか?」

 ガタウは片目を薄く開け、

「必要な量だけを有用に使い、終わったら始末せよ」

「ありがたい」

 エラゴステスは、深く感謝の意を伝える。

 行商人に現地の礼儀作法は不可欠だ。

 相手の生活に理解のない者と見られれば信用されないし、信用のないよそ者などこの砂漠では三日と生きてゆけない。

「戦士ガタウ、邑の者たちはいつこちらに戻るのだ?」

「三日経てば、戻ってこよう」

 三日か、ならば待ってもよい。

 商隊は金食い虫だ。帳簿、荷役、護衛、エラゴステスはそれらの者たちの食料と賃金を保証しなくてはならない。

 商隊の元に戻った彼は、奴隷や使用人に命じて、邑人たちを待つ準備をさせる。

「荷をおろせ! 水を汲め! 天幕を設営する! 邑の井戸以外には足を踏み入れるな! 貴様たちもベネスの戦士の勇名は耳にしていよう!」

 男たちがバラバラと作業を始める。

 そのどの顔にも、安堵の色がある。

 砂漠での商売は厳しい。

 方位をわずかでも間違えれば死につながる。

 それで大損を出し、命からがら逃げた事もある。

 危険な大地だからこそ、商売の旨味も生まれるのだが。

 夕方、商隊の設営を終えた所で、くたびれた顔の警備隊長ティグルが、エラゴステスに申し出た。

「戦士ガタウに会ってゆきたい。少しの間ここを離れるが、よいか」

 ティグルは辺境の山岳部族の戦士。エラゴステスの雇う警備隊の長だ。

 商隊をねらう強盗たちや、商品をかすめ取ろうとする荷担ぎやロバ飼いたちに目を光らせる事を生業とする彼らは、性質朴訥だが誇り高い。

 砂漠で過ごすことを厭わず、盗みや詐欺を決して許さない。

 だからこそ、エラゴステスのような行商人は彼ら山岳民族を好んで雇う。

 砂漠でお互いの能力を利用しあう、共生関係なのである。

「荷の番に、充分な人数をそろえてあるのなら」

「問題ない」

 暗い顔でティグルが答える。

「ならば良い」

 エラゴステスとティグルは昨日今日の仲ではない。

 つきあいも十年を超えるとなれば、二人は友人と言って差し支えなかろう。

 関係は雇用者と労働者だが、二人とも辺境の出という共通点もある。

 そんな訳で、エラゴステスもティグルの用件については察している。

――この男も、潮時やもしれぬ。

 エラゴステスは専用の天幕で涼みながら、その後姿をじっと見送る。

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