焦がれる二人

 事情を知らないラシェは、ずっとカサを待っている。

 冬営地の夜の空気は骨身に沁みるほど冷えこみ、冷たいその手をラシェの鉤裂きだらけの衣服の隙間に無遠慮に差し込んでは体温を奪う。

――……カサ。

 組んだ腕に顔を伏せ、ひたすらカサを待つ。

 風が冷たい。



 翌朝。

 日が昇ってすぐ、カサは監視の目がない事を確認してから、急いで待ちあわせ場所に走った。

 朝陽が昇って間もない時間であるが、早くも仕事を始めているサルコリの女たちが、幾人も井戸の周りに集まっているのを横目にながめつつ、ラシェがその中にいない事を確かめる。

 ベネスの者はいない。

 こんなに早い時間に水を汲むのは、サルコリだけだ。

 ベネスの者の多くは、サルコリは怠け者の集団で、皆おこぼれの食料をただ口を開けて待っていると考えているが、実際のサルコリたちは、邑人たちに負けず働き者である。

 強者の心理は傲慢で、弱者の心理が反発的であるのは、社会発展のための機能である。

 が、当事者たちにとっては自分の扱いが不当であるかないかが何よりも重要で、この小さな集落で高い視点から身分制度を俯瞰する者は少ない。

 ラシェもまた、よく働く。

 冬営地に来て、カサは初めてそれを実感した。

 カサが槍の訓練をやめても当面誰も困らないが、ラシェがもし自分の仕事を放棄してしまえば、彼女と弟はひと月と生きてはゆけまい。

――サルコリは、自分が生きるために自分と家族の世話をするんだ。

 それは単純なだけに正しく思えた。

 カサもまた生きるために仕事をしているが、戦士階級でカサの仕事は、カサでなくとも誰かがする仕事である。

 それに比べてラシェの仕事は、より本人に身近なだけ、必ず片づけねばならない。

 サルコリの生き方は原始的だが、故に彼らは生きるために何が必要なのかを、ベネスの者より知っていた。

「ラシェ……? いるかいラシェ……?」

 待ち合わせの隠れ場所に、息せき切ってたどり着く。

 予想はしていたが、待ちあわせ場所にはやはりラシェの姿はなかった。

 後悔に天を仰ぎつつ、息を整える。

 ラシェが座っていたであろう場所には、彼女が身につけていたみすぼらしい帯が、こぶし大の石を重石にして折りたたまれていた。

 それを拾い上げ、胸いっぱいに匂いを嗅ぐ。

――……ああラシェ!

 紛れもないラシェの香り。

 その気配だけで、カサの心に、ラシェを夢想した花が咲く。

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